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男声合唱(特にタダタケ)
1 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/12(土) 20:31
合唱関係がないので作りました。
ついでだから、男声合唱に限定して、
さらにタダタケマニアの方の投稿を歓迎します。
2 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/12(土) 21:39
ずいぶん狭き門にしてしまいましたね。まだ三善スレッドの方が盛り上がると
思うんだけど。
でも合唱って99%まで集団マスターベーションだと思う。
3 名前:
モーゼ
投稿日: 2000/02/13(日) 00:54
組曲雨の最終曲のテノールソロが泣かせる。
組曲雪明かりの路もいいね。
ところで多田さんは富士銀行に勤めた後、どうしてるの?
4 名前:
1 >3
投稿日: 2000/02/13(日) 01:24
ここまで限定しないと。
男声合唱全般だったら、他にもありますし。
多田さんは富士銀行の後、関連会社(どこか忘れた)に出向し、
今はフリーです。たまに合唱指揮をやっています。
もちろん自分の作品の。
5 名前:
あ、ちなみに
投稿日: 2000/02/13(日) 01:31
三善晃の男声合唱も好きです。
「王孫不帰」と「縄文土偶」は特に。
ついでだから、(未認可版)多田武彦合唱作品データベースを紹介しときましょう。
知っている人は多いかもしれませんが。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/1957/
6 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/13(日) 14:42
今年、久々にタダタケの新曲が出ます。
崇徳グリーがやるそうです。
崇徳の関係者って、ここを見るかな。
7 名前:
げん
投稿日: 2000/02/13(日) 15:17
大学の時、「多田武彦パッチワーク」という、タダタケの美味しいとこ
つぎあわせて作ったタダタケメドレー集があった。そのラスト
「いきなり、ガッと、燃えちまったよ〜」
雪明かりの路「梅ちゃん」で終わるこの曲、楽しかったなあ。
8 名前:
(笑)
投稿日: 2000/02/13(日) 15:25
大笑い。
その「多田武彦パッチワーク」、欲しーい。
9 名前:
グリー麺
投稿日: 2000/02/13(日) 19:59
俺は多田武彦好きじゃない。和声がただひねくりまわしてあるだけで曲としての
美しさに欠けると思う。歌う側の自己満足なんじゃないのかと。
清水脩の方が好きだな。
10 名前:
>7
投稿日: 2000/02/14(月) 00:51
うう、懐かしい。昔ワグネルのフェアウエルで聴いてげらげら笑った。どっかに楽譜ないかな〜。
11 名前:
1 >7
投稿日: 2000/02/14(月) 07:23
ワグネル?
ひょっとして本人公認ですか?
しかし、盛り上がってますね。
当初は限定しすぎたかなと思ったのですが。
makana-sanさんにも、教えておきましょう。
あそこの掲示板はまじめすぎるので。
12 名前:
>7 & 11
投稿日: 2000/02/14(月) 09:35
「タダタケパッチワーク」、ワグネルの愛唱曲集で見たことあるっす。
確か編曲者の一人に藤森数彦氏がクレジットされていたような。
ご本人は公認しておられないんじゃないかな。
13 名前:
>9
投稿日: 2000/02/14(月) 09:40
多田武彦って、和声だけがクローズアップされがちだけど
実はけっこうメロディストでもあると思うです。
14 名前:
>13
投稿日: 2000/02/14(月) 10:02
ソロの使い方がうまいよね。
ありきたり、といったらそれまでだけど。
15 名前:
>5
投稿日: 2000/02/14(月) 14:08
ありよんの方ですか?
16 名前:
5
投稿日: 2000/02/14(月) 15:24
(笑)
間違えられてちょっぴり幸せな気分です。
17 名前:
モーゼ
投稿日: 2000/02/14(月) 17:03
藤森さんは、お元気でご活躍でしょうか?
翻訳や木下保先生研究をされているのでしょうか?
ちなみに、ワグネルで藤森さんの後輩でもある都留君は、三井物産をやめて、
今や新国立劇場合唱団の団員になってしまいました。
ところで、多田武彦にピアノ伴奏付きの曲ってありましたっけ?
ア・カペラしか聴いたことがないのですが・・・
又、混声は「太海にて」というのがあるが、女声ってあったっけ?
どなたかご存知ですか?
18 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/14(月) 17:15
「多田武彦合唱作品データベース」にありますよ。
アドレスは5にあります。
結論からいうと、ピアノ伴奏つきの曲も、女声もあります。
19 名前:
不親切でした
投稿日: 2000/02/14(月) 17:22
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/1957/sakuhindata/sirokidan.html
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/1957/sakuhindata/sirokijo.html
「白き花鳥図」の改訂前ですね。
20 名前:
モーゼ
投稿日: 2000/02/14(月) 17:34
すばやいレスどうもでした。
ところで、タダタケは別として南弘明の「月下の一群」もいいと思いません?
21 名前:
>17
投稿日: 2000/02/14(月) 17:35
モーゼさんは元ワグネリアンですか?
22 名前:
あ。
投稿日: 2000/02/14(月) 17:38
「月下の一群」ですか。
3集が好きです。あまり演奏されませんが。
「人の一生」の暗さといったら何とも。
23 名前:
モーゼ
投稿日: 2000/02/14(月) 18:18
残念ですが、ワグネリアンではありません。
東京6大学の某大学混声出身です。
24 名前:
1です。>20
投稿日: 2000/02/14(月) 18:53
22でもあるんですが。まだまだ盛り上がってますね。
「3集」など、あまり知られていないと思うので「1集」だったら
どれが好きかというと、「人の云ふことを信じるな」です。
混声版もありますが、やはり男声でないと。「おお乙女よ」
「3集」は大学で歌ったのですが、アンコールは「人の〜」にしてほしいと
指揮者に頼んだ記憶があります。
「2集」だったら、曲名が出てきませんが、「娘が死にました」と楽しげに
歌っているやつです。
25 名前:
1
投稿日: 2000/02/18(金) 01:48
いったん、タダタケに話を戻してと。
タダタケの曲で最も好きなのは何ですか?
私は、「また来ん春」(「在りし日の歌」の終曲)です。
26 名前:
モーゼ
投稿日: 2000/02/18(金) 09:33
富士山のいきなり、ガット、夕映えの富士〜
又は雨の終曲、雨があがるように静かに死んで行こう〜
こっちだ〜
27 名前:
1=本棚
投稿日: 2000/02/18(金) 14:27
「いきなり、ガッと」が好きな人、多いですよね。
私は「作品第貳拾壹」のどこがいいのかよく分からないんです。
「雨」の終わりは好きです。
28 名前:
元ワグネリアン
投稿日: 2000/02/18(金) 22:47
>25
「また来ん春」いいですね。テナーソロに力量があれば、ハモらせる
方も実に気持ちがいい。
「雪と花火」より「花火」もお気に入り。
ラストの「消えかかる、消えかかる」のところ、ピアニシモ・デクレ
ッシェンド・モレンドをビシッと決めてハモらせると、堪らない至福
感を味わえます。
29 名前:
本棚
投稿日: 2000/02/19(土) 09:36
今年、「富士山」を歌うことになりそうです。
「作品第貳拾壹」を歌った経験はそれほどないので、
これを機に好きになれるかどうか。
>28
「また来ん春」はテナーソロで歌ったことがあります。
最初の練習でいきなり胸がつまってくるような気持ちになりました。
中原中也を好きになったのもこの曲のおかげです。
「骨」にはショックを受けた経験が。
30 名前:
MIYAN
投稿日: 2000/02/20(日) 20:21
はじめまして。名無しさんの紹介にあずかり
やってきました。タダタケへの知識は少ない目ですが
どうぞよろしくおねがいします。
「富士山」いいですね「作品第貳拾壹」の
「夕映えの富士」から「降り注ぐ」に移るその瞬間が
私はとても気に入っています。
その次の「すいらんガラス」を歌う時になんだか自分が
雄大な気分になってしまいます。
31 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/20(日) 22:17
「でべそのような〜」とか
「しどだいら〜おんせん、第5号のばんがさに〜」
とか詩の妙が伝わってこないメロディですね。
32 名前:
本棚
投稿日: 2000/02/21(月) 21:36
>31
「そんなことはない」と言いたいんですが、
「草野心平の詩から」はそれほど好きではありません(笑)。
生前の草野心平は多田さんを自分の詩に曲をつける作曲家の中では
もっとも評価していたと思いますが。
そういえば、「富士山」を定期演奏会でとりあげておきながら、
「詩と曲が不一致」など、作品批判をパンフレット上でやってのけた
男声合唱団のことを思い出しました。
「富士山」は、「男声合唱泣かせ」などの悪評(?)もありましたね。
ちなみに、タダタケの名曲として必ずあげられる「柳河風俗詩」「富士山」
「雨」「草野心平の詩から」「中勘助の詩から」「雪と花火」を、私は
あまり好きにはなれませんでした(今でもそうです)。いい曲だとは思うのですが。
では何が好きかと言えば、「北斗の海」「尾崎喜八の詩から」「雪明りの路」
「在りし日の歌」「草野心平の詩から・第二」なんです。
これらのどれでもいいから、一度歌ってみたいです。
33 名前:
MIYAN
投稿日: 2000/02/24(木) 19:56
「北斗の海」の終曲「エリモ岬」っていいですよね。
でも客演指揮者との練習の時に
「この詩(エリモ岬)はちょっとHな詩の部分があるんだよな」
って言われました。
それって本当?1曲目の「ベーリング〜」も気に入ってますね。
UuuuIiiiiUuuuuIiiiiiの部分です。
34 名前:
31ですが
投稿日: 2000/02/24(木) 20:21
>33
それが歌う人の自己満足ですよ。「北斗の海」はやった事のある人以外、たぶん
興味を持って聴く事ができないと思いますよ。
大学の男声合唱は進展しないんじゃないかと、マジに懸念している者です。
35 名前:
本棚
投稿日: 2000/02/25(金) 02:41
>33
エゾヒメタンポポ?
確かに性的な意味にもとれるとは思います。
>34
確かに、「北斗の海」はとっつきにくいところがあると思います。
とっつきやすさをオペラに例えれば、「柳河」や「富士山」は
「蝶々夫人」や「椿姫」、「北斗の海」はさしずめ「トロヴァトーレ」
(いや、「フィデリオ」かな……)というところでしょうか。
しかし、観客にも満足してもらえるような曲目ばかり選んでいては
(例えば、コダーイも三善晃も合唱をやっていない人には興味をもって
もらえそうにないからダメ、民謡は若い人が興味をもたないからダメ、
レクイエムは多くの人には退屈だからダメだと言っていては)、
いつまでたっても男声合唱のレパートリーは限られてしまうのが現状です。
(これはオペラにもいえることなので、上のように例えました)
それこそ、「進展しない」ものと私は思います。
ところで男声合唱はクラシックの中でも、比較的観客に縁のない
(観客がふだんCDなどで聴く機会のない)分野の一つだと思います。
観客が興味をひく理由のひとつに、「どこかで聴いたことがある」という
要素がありますが、男声合唱は、観客の興味をひかせるにはオケや
ピアノにくらべ、不利だというのは間違いないでしょう。
以前、私は先輩に「もっとお客さんが知っている曲(編曲モノ)
をやるといいのではないか」と言ったことがありますが、先輩から
「我々しか知らない曲の魅力をお客さんにも教えてあげることが
大切なんだよ」
と言われて、はっとしたことがあります。
ところで、34さんはどんな合唱曲をお好みですか。
タダタケでなくても、男声合唱でなくても構いません。
36 名前:
まかな
投稿日: 2000/03/01(水) 18:34
はじめましての、まかなです。
…盛り上がっているような…ないような、と思っているならカキコしよう
と来ました。
>本棚さん
>以前、私は先輩に「もっとお客さんが知っている曲(編曲モノ)
>をやるといいのではないか」と言ったことがありますが、先輩から
>「我々しか知らない曲の魅力をお客さんにも教えてあげることが
>大切なんだよ」
>と言われて、はっとしたことがあります。
私も大学生時代に指揮者をしていましたが、このことは常々思っていました。
新曲にしろ、隠れた名曲にしろ、以外と改めて聞いてみると、はっ、と
する思いしばしばあります。
多田先生の作品では、わたし的には「北陸にて」などお気に入りの一つです。
ちょっとマニアックなところでは、「北国」「航海詩集」など丸山薫の詩を
テクストとした作品が良いかな。
また。時間があるときに来よう。
37 名前:
13を書いた人
投稿日: 2000/03/04(土) 13:28
>31
多田氏が作曲ポリシーとしている
「詩の流れに寄り添う」という点においては、
組曲「草野心平の詩から」は全般的に「?」だと思います。
ただ、少なくとも「石家荘にて」「金魚」は
一つの作品世界を作り出している点で名曲だろうとも思います。
>33
詩の第二連と最後の一行かな?
>34
「たぶん興味を持って聴く事ができない」という基準・根拠は?
「北斗の海」って、
神秘的に始まりドラマチックに展開する第一曲、
穏やかな情景を味わい深く描く第二曲、
荒々しい第三曲、
スケールの大きい第四曲(ここでだれるのは演奏者の責任)、
遠景と近景の対比が見事な第五曲、
どれも門外漢を惹きつける力を持つ曲だとわたしは思いますが。
男声合唱の魅力も遺憾なくアピールできますし。
あと、どうせケチをつけるんなら
「大学の男声合唱を進展させるための具体策」も提示して欲しいな。
けなしてばかりいても建設的じゃないっす。
>35
同感。特に最後の二段落に。
38 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/04(土) 16:02
多田武彦の音楽は、日本的な懐古趣味を善きものとして何ら新しい感興を
呼び起こさないように思えるんですよ、私には。それが悪いっていうん
じゃなくて、いわゆる唱歌なんかと同じ種類の音楽だってこと。
言い古された例ですが、中原中也「北の海」に対して三善と多田がどれだけ
違う音響を与えたかを聴ければその目指すところの違いは明らかですよね。
おじさんたちが集まって胴間声でがなって「ああハモった、気持ちよかった」
ってやってるのが男声合唱、というイメージが私には強くあります。その代表
が多田武彦。自分たちのために歌うには一番の歌。
39 名前:
38の名無しさんへ質問
投稿日: 2000/03/05(日) 02:56
>おじさんたちが集まって胴間声でがなって「ああハモった、気持ちよかった」
>ってやってるのが男声合唱、というイメージが私には強くあります。その代表
>が多田武彦。自分たちのために歌うには一番の歌。
多田武彦の師匠である清水脩に対してはどう思いますか?
「自分たちのために歌う」曲をたくさん書き残したシューベルトやメンデルスゾーンに対してはどう思いますか?
もともとは現代音楽畑の新実徳英が作曲した「白いうた青いうた」シリーズは?
三善晃にも「唱歌の四季」や「五つのルフラン」なんてのがありましたっけねえ。
40 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/05(日) 10:54
34さんと38さんが同一人物なのか判断しかねますが、
「興味を持って聴く事ができない」のは「何ら新しい感興を呼び起こさない」
からでしょうか。「進展しない」のはいつまでも「唱歌」に留まっているから?
「現代音楽」が少ないから?
うーん、私は男声合唱はかなり進展したと思いますがね。
多田さんは日本の男声合唱界に、愛唱曲をたくさん残したということで、
じゅうぶん男声合唱の進展に力を尽くした人だと思います。
41 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/05(日) 10:55
あ。間違えました。
「力を尽くした」→「功のあった」
42 名前:
38
投稿日: 2000/03/05(日) 11:13
39さん、何をそんなにいきり立っているんですか?
> もともとは現代音楽畑の
とジャンル分けすることの意味もよくわかりませんが。多田氏もまた同時代の
作曲家であるはずです。
唱歌を出発点とすることと、唱歌的なものを目指すこと(多田氏本人がそう考
えているかどうかはわかりません。この部分は私個人の評価です)の間には大
きな違いがあると思います。
仰せの新実氏のシリーズ歌曲及びその合唱版は好きですが、新実が単旋律をつ
くる→谷川雁が言葉をつける→それを受けて新実が編曲する、という変則的な
コラボレーションを通じて、既成の情感をなぞるものではない新しい創作たり
得ている点で、ただの「唱歌」とは一線を画している、と私は考えます。死を
間近に控えた谷川雁の詩が、物理的制約を離れて世界・時代を遊弋したのを、
新実氏の音楽は見事に表現していると思います。そのような詩を導き出したの
もまた新実氏の旋律だったわけです。この音楽は存分に新しい価値を体現して
いると思います。
「ルフラン」「唱歌の四季」もまた然り。寝た子を起こしかねない「中国地方
の子守歌」の渦巻く情念や、「鉾を収めて」で架空に設えられる漁の光景は、
オリジナルの音楽を出発点としつつ新しい光を投げかけていることに疑いをも
つ方はいないでしょう(多分歌ったことのある人なら尚更だと思います)。
前文でも断っておきましたが、私は多田氏の音楽は無価値なものだと思ってい
るわけではありません。ノスタルジックな感情を呼び起こしたいときにはある
意味最適かもしれないとさえ思います。ただ、それがとかく内輪の自己満足で
終わりがちな合唱の演奏会などで披露されるとき(たとえば、どうして指揮者
に団から花束を送る様子を客が見届けなければいけないのでしょう?)、表現
が外に向かったものにならない可能性は高いとも危惧しています。
43 名前:
38
投稿日: 2000/03/05(日) 11:23
補足。
> 多田武彦の師匠である清水脩に対してはどう思いますか?
> 「自分たちのために歌う」曲をたくさん書き残したシューベルトやメンデル
> スゾーンに対してはどう思いますか?
好きですし、この場の議論とは関係ないと思いますが。同一に並べて論ずるべ
き理由がわかりません。
あと、「月光とピエロ」以降の清水脩の創作は、多田氏とはかなり方向性が異
なっているように思います。
44 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/05(日) 12:57
>42
>前文でも断っておきましたが、私は多田氏の音楽は無価値なものだと思ってい
>るわけではありません。ノスタルジックな感情を呼び起こしたいときにはある
>意味最適かもしれないとさえ思います。ただ、それがとかく内輪の自己満足で
>終わりがちな合唱の演奏会などで披露されるとき(たとえば、どうして指揮者
>に団から花束を送る様子を客が見届けなければいけないのでしょう?)、表現
>が外に向かったものにならない可能性は高いとも危惧しています。
ノスタルジアも一つの表現であり、それを呼び起こすということは「表現が
外に向かっている」というのではないでしょうか。
それとも、「表現」の定義が私と38さんとで異なるのでしょうか。
ちなみに、多田さんは「演奏者のみが達成感を味わうような」「最近の
クラシック演奏会」に危惧を抱かれているようです。
「これでは、聴衆は合唱団や作曲家から離れてしまうだろう」
「これでは、聴衆がうんざりしてしまう」などと書いて
暗に「現代音楽」を非難されているようです。
私は現代音楽も好きなので、上の考えには従えないところも多いですが。
45 名前:
39番を書いた者ですが
投稿日: 2000/03/06(月) 02:21
特にいきりたっているようなことはありません。
なぜ多田武彦だけ特別扱いしているのか理解できないので質問しているだけです。
清水脩の名前を出したのは、多田氏の作曲姿勢が清水氏のそれを踏襲しているからです。
37番で紹介されている作曲ポリシーは清水脩にしつけられたものだそうで。
「月光とピエロ」以降でも「萩原朔太郎の四つの詩」「三つの俗歌」などなどや
一連の日本民謡編曲ものには多田作品に通じるものがありますよね。
シューベルトやメンデルスゾーンの名前を出したのは、
「シューベルティアード」や「リーダーターフェル運動」などが頭にあったからです。
あれだって基本的には「自分たちのために歌う」ような活動でしょ?
で、44番で本棚さんが紹介している多田氏の発言などもありますが、
いわゆる現代音楽(かたかなでゲンダイオンガクと書いたほうがいいのかな)だって
演奏者が咀嚼しきれなくて表現以前のレベルで終わってしまうことも多いのです。
つまり表現云々と楽曲は切り離して捉えるべき別次元のものでしょってこと。
なお多田氏は
「人の金と時間を頂戴してステージを開く以上は好き勝手の歌い放しじゃダメだ。
まず観客に伝えるだけの演奏技術ありきで、
心(表現)はそれを土台にしてこそ初めて成り立つもの」
という趣旨の文章を書いていらっしゃいますから、
氏ご本人にとって自分の作品が38番のような評価をされるのは心外かもしれませぬ。
46 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/06(月) 09:08
>42
スレッド題を見て書け。
お前がやってるのは、ペットスレッドに猫の殺し方を書くむぎ茶並みの
荒らしだ
47 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/06(月) 10:30
スレッド標題と外れたことを書きます。(^^;
>ただ、それがとかく内輪の自己満足で
>終わりがちな合唱の演奏会などで披露されるとき(たとえば、どうして指揮者
>に団から花束を送る様子を客が見届けなければいけないのでしょう?)
これはお稽古事だからです。ピアノの発表会を考えれば納得いくでしょ。
大学などの合唱サークルの演奏会は一部を除き(と書いておこう)自分ら
の努力の成果を身内に聞いてもらうためのもので、それがないと年間の
活動テーマがないからやってるだけなのです。
そういう人たちに対し、表現論をするだけむなしいからやめた方がいい
です。これを読んで今むっとした人、もちろんあなたの団はそうじゃない
から怒らないでね。(^^)
48 名前:
47さんに補足
投稿日: 2000/03/06(月) 13:36
>これはお稽古事だからです。ピアノの発表会を考えれば納得いくでしょ。
>大学などの合唱サークルの演奏会は一部を除き(と書いておこう)自分ら
>の努力の成果を身内に聞いてもらうためのもので、それがないと年間の
>活動テーマがないからやってるだけなのです。
テニスサークルなんかでも、体育会並にバリバリやっているところから
コンパなんかを主目的としたお遊びのところまでピンキリですよね。
合唱サークルなんかも似たようなものです。
もちろん大学合唱団に限らず、おかあさんコーラスや職場合唱団などの
アマチュア合唱団も、ピンからキリまである点において同様です。
ちなみに、合唱指揮者の辻正行先生は、初めて振る団に対して
「皆さんは山登りをしたいんですか? ハイキングをしたいんですか?」
と最初に尋ねるのだそうです。
49 名前:
38
投稿日: 2000/03/07(火) 09:59
46
> お前がやってるのは、ペットスレッドに猫の殺し方を書くむぎ茶並みの
> 荒らしだ
そうですか。
荒らし呼ばわりされるのは誠に心外なのでほどほどにしておきましょう。
45
> で、44番で本棚さんが紹介している多田氏の発言などもありますが、
> いわゆる現代音楽(かたかなでゲンダイオンガクと書いたほうがいいのかな)だって
> 演奏者が咀嚼しきれなくて表現以前のレベルで終わってしまうことも多いのです。
> つまり表現云々と楽曲は切り離して捉えるべき別次元のものでしょってこと。
「現代音楽」という他と隔絶したジャンルがあるかのような考え方をされる方
が多いのはとても残念です。最後の一文は前段との繋がりがよくわかりません
が(表現は楽曲に即して行われるものではないのでしょうか)、このスレッド
の方向性から離れてしまうようですので、議論は控えたいと思います。
47
> これはお稽古事だからです。ピアノの発表会を考えれば納得いくでしょ。
> 大学などの合唱サークルの演奏会は一部を除き(と書いておこう)自分ら
> の努力の成果を身内に聞いてもらうためのもので、それがないと年間の
> 活動テーマがないからやってるだけなのです。
48
> テニスサークルなんかでも、体育会並にバリバリやっているところから
> コンパなんかを主目的としたお遊びのところまでピンキリですよね。
> 合唱サークルなんかも似たようなものです。
むしろ私の方がむきになっていたかもしれませんね。多くを望んではいけない、
ということでしょうか。
お目汚し失礼しました。
50 名前:
39番と45番を書いた者ですが
投稿日: 2000/03/07(火) 21:15
>> つまり表現云々と楽曲は切り離して捉えるべき別次元のものでしょってこと。
>
>「現代音楽」という他と隔絶したジャンルがあるかのような考え方をされる方
>が多いのはとても残念です。最後の一文は前段との繋がりがよくわかりません
>が(表現は楽曲に即して行われるものではないのでしょうか)、このスレッド
>の方向性から離れてしまうようですので、議論は控えたいと思います。
繋がりがよくわからないとおっしゃる部分だけ補足説明しますね。
ゲンダイオンガクと呼ばれる前衛的な要素の強い難解な楽曲でも、聴衆に対する説得力を持つ表現力豊かな演奏もあれば、演奏者の自己満足に終わってしまう演奏もあります。
また、多田武彦みたいに保守性の強い作曲家の楽曲でも、演奏者の自己満足に終わってしまう演奏もあれば、聴衆に対する説得力を持つ表現力豊かな演奏だってあります。
ここから
>> つまり表現云々と楽曲は切り離して捉えるべき別次元のものでしょってこと。
という結論が導き出されるわけです。
すなわち、「表現」ができるかどうかは演奏者個々人の力量に属するレベルの話であって、そこで演奏される楽曲と結びつけようとするほうがおかしいのではと思うのです。
51 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/08(水) 00:42
「表現」の定義がどうもそれぞれ違っているようで。
だから、「表現論をするだけむなしいからやめた方がいい」
という考えには一理あります。
私の考える「表現」はこれまで投稿された方とも、多田武彦さんの
考えるものとも、異なっていると思います。
私の場合、「一人一人の観客がそれぞれどのように受け取るか、一人一人の
「受け取ったもの」の総体が「表現」だというように考えています。
抽象的な言い方ですが。
49
>「現代音楽」という他と隔絶したジャンルがあるかのような考え方をされる方
>が多いのはとても残念です。
私は便利だから「現代音楽」(これも定義が様々ありますが)という言葉を使って
いるのですが、多田さんの場合、「最近の作曲家は詩の世界をないがしろにし、
自分の音だけに酔っている」「西洋古典音楽の基本を守らない音楽が増えている」
(「ハーモニーを軽視する音楽が増えている」とも言っている)として、
作曲家に、「基本に帰れ」と主張しています。
「現代音楽」そのものより、「現代の音楽の傾向」を非難しているというのが
正しいですね。多田さんの気持ちも分からないわけではないけど。
こういうところにはちょっとついていけません。
52 名前:
>51
投稿日: 2000/03/08(水) 10:25
タダタケってほかの作曲家の創作を批判できるほどのタマか?
あたまわるー。一気に評価下がったね。「俺のわからん(=作れ
ない)音楽をやるな」と言ってるのとニアイコールじゃん、
それってば。
53 名前:
>52
投稿日: 2000/03/08(水) 13:18
わからんっつーのは違うんじゃないっすか?
「水墨集」の『終日風あり』『鯱の来る頃』などは
20世紀の音楽動向を吸収していないと書けない曲だと思う。
「中勘助の詩から」の『振り売り』みたいな歌と掛け声の混在や
尾崎喜八ものにみられる他の曲の引用なんかも。
まー、タダタケって
「詩の世界をなるべくありのままに音像化する」つー方針の人だから
他の多くの作曲家が作る
「詩を材料・媒介にして自分自身の世界を展開する」
ような音楽と相容れないのは当然といえば当然でしょうな。
54 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/09(木) 23:32
>他の多くの作曲家が作る
>「詩を材料・媒介にして自分自身の世界を展開する」
>ような音楽と相容れないのは当然といえば当然でしょうな。
わかったようなこと書いてないで個人名挙げてみ。
55 名前:
>54 (52)
投稿日: 2000/03/10(金) 10:59
>わかったようなこと書いてないで個人名挙げてみ。
多田武彦ご本人は作曲家名指しでの批判はしておられないみたい。
でも、多田氏の言葉を借りると
「作曲家の都合で詩人の断りなく詩の一部を省略したり語句を変えたり」
して作曲された歌曲・合唱曲を批判しておられるのは確か。
んなわけで、ここから先はあたし個人の推測になっちゃうけど、
たとえば三善晃, 新実徳英, 荻久保和明あたりの一部作品が
その批判対象に該当するんじゃないかしらん。
それが悪いっていうんじゃなくて、単にタダタケの作曲方針と
相容れないものだろうなっていうだけの話。
あたし個人はどっちの作曲方針もありかなと思うけどね。
56 名前:
>54
投稿日: 2000/03/10(金) 14:35
その顔ぶれ見ると、現代詩に曲つけてるかどうかの違いのような気もしますね。
谷川俊太郎とか宗左近とか。
多田武彦はどう間違っても「しゅうりり えんえん」みたいな作品は書かない
(書けない、と断定するのは控えます)でしょうけど、そういう曲も彼の批判
対象だったりするんでしょうか。ご本人に聞かなくてはわからないことを書い
てもしかたないかな?
詩の一部を変更するのは、曲のリズムを重視する若手の作曲家(高嶋さんとか
木下さんなんかそうですね)の間では割とよくやられていることだと思います。
でも、結果としてその方が詩の世界をよく表せているんだったらいいのでは?
目で読む詩と語られる詩、歌われる詩でことばが完全に同一である必要はない
とわたしは思います。
作曲家がポリシーとして文語調の詩を改変せずに音楽化するのは、それはそれ
として立派かもしれませんが(湯浅譲二みたいに謡のイントネーションまで含め
て再現するのもすごいと思う)、別にいついかなる場合でもそうあらねばならな
いというものでもないでしょう。
もちろん詩の意味が変わってしまう改変はこの限りではありませんが、そんな
ことしている人っているのかしらん。
字面通りであっても詩の世界とはほど遠い音楽、というのもあると思います。
57 名前:
>56 (=52,55)
投稿日: 2000/03/10(金) 19:32
まー、第三者があれこれ勘ぐってもどうしようもないんでしょうが。
>その顔ぶれ見ると、現代詩に曲つけてるかどうかの違いのような気もしますね。
そういう話じゃないっす。曲目を例示したほうがわかりやすかったかな?
三善晃だと「響紋」「いのちのうた」あたり。
荻久保和明だと「縄文"愛"」第二曲とか。
新実徳英だと「いのちの讃歌」第四曲など。
どれも既存の詩を作曲者が抜粋・再構成したものに作曲されとります。
たぶんこういうのは多田武彦の批判対象になるでしょうな。
「しゅうりりえんえん」を多田氏がどう思うかはご本人に聞かないと。
>詩の一部を変更するのは、曲のリズムを重視する若手の作曲家(高嶋さんとか
>木下さんなんかそうですね)の間では割とよくやられていることだと思います。
>でも、結果としてその方が詩の世界をよく表せているんだったらいいのでは?
多田氏は「詩に対する冒涜行為」などと評しているみたいっすよ。
>作曲家がポリシーとして文語調の詩を改変せずに音楽化するのは、それはそれ
>として立派かもしれませんが(湯浅譲二みたいに謡のイントネーションまで含め
>て再現するのもすごいと思う)、別にいついかなる場合でもそうあらねばならな
>いというものでもないでしょう。
多田武彦の場合は「いついかなる場合でもそうあらねばならない」と
考えて作曲しているのではないかしらん。
原詩と違うという指摘を受けて「草野心平の詩から」の二曲目と
五曲目を改訂したくらいだから。
そういう、詩の訂正による曲の改訂をした作曲家って
あたしはタダタケ以外だと小林秀雄くらいしか知りませんです。
(確か「九州民謡によるコンポジション」)
58 名前:
すずき。
投稿日: 2000/03/11(土) 02:09
>>作曲家がポリシーとして文語調の詩を改変せずに音楽化するのは、それはそれ
>>として立派かもしれませんが(湯浅譲二みたいに謡のイントネーションまで含め
>>て再現するのもすごいと思う)、別にいついかなる場合でもそうあらねばならな
>>いというものでもないでしょう。
>多田武彦の場合は「いついかなる場合でもそうあらねばならない」と
>考えて作曲しているのではないかしらん。
>原詩と違うという指摘を受けて「草野心平の詩から」の二曲目と
>五曲目を改訂したくらいだから。
それこそ、ご自分の曲を大切にしていない態度だと思うのです。
自分が大した作曲家ではないと自覚しているのでしょうか。
「落ちる」が加わったら、それだけで大規模な改訂をしても
いいくらいなのでは。本来なら。<5曲目
詳しくは別のところで。
まあ、作曲家として優れているかどうかはともかくとして、
ぼくはやっぱり好きですね、多田先生は。聞くのも歌うのも。
時折呪縛のようなものも感じますが。
59 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/11(土) 10:28
1ヶ月で50件以上には私自身驚いております。
合唱関係がなかったのは、関係者があまりいないからだと思っていましたが。
ということで、「詩の安易な改変を許さない」多田武彦さんの話題ですが、
逆に多田武彦さんが尊敬あるいは賞賛している現代作曲家は誰でしょうね。
清水脩をのぞけば、たぶん大中恩、中田喜直、高田三郎あたりでしょうけど。
若手が思いつかない……。
(でも、これらの作曲家が改変をやらなかったかというと、そうでもない)
ところで、
58
>詳しくは別のところで。
とありますが、「別のところ」とはあそこですか。
いずれ、すずきさんが紹介すると思うので、私がするのは控えておきます。
60 名前:
>59
投稿日: 2000/03/12(日) 11:50
>逆に多田武彦さんが尊敬あるいは賞賛している現代作曲家は誰でしょうね。
>清水脩をのぞけば、たぶん大中恩、中田喜直、高田三郎あたりでしょうけど。
>若手が思いつかない……。
アラウンドシンガーズが「蛙」などを録音したCDのライナーノーツに
多田さんが尊敬している作曲家として中田喜直と團伊玖磨の名前が挙げられてました。
>(でも、これらの作曲家が改変をやらなかったかというと、そうでもない)
高田三郎さんは、作曲にあたり詩人本人に「耳で聞くための詩」に改作してもらったり
詩の一部を割愛して曲をつけるとき前もって詩人の承諾を求めたりしておられます。
61 名前:
否認
投稿日: 2000/03/13(月) 18:02
「雨」改訂事件でタダタケの節操のなさは立証済みじゃん。
62 名前:
本棚
投稿日: 2000/03/13(月) 19:27
>60
>アラウンドシンガーズが「蛙」などを録音したCDのライナーノーツに
>多田さんが尊敬している作曲家として中田喜直と團伊玖磨の名前が挙げられてました。
気がつきませんでした。どうも。
やはり、歌曲や合唱曲で名作を残している人が挙げられていますね。
>61
「雨」改訂事件(笑)。
差別用語の問題。タダタケの作品には多いですよね。
それにしても、「中也」にしろ「人間の歌」にしろ団体から抗議でも来たんでしょうか。
レコード化にあたっての自主規制ということもあると思いますが。
(だとしたら、「巻末のうた」は今もちゃんと出ているのが不思議)
そういえば、以前、ある差別用語の入った男声合唱曲(「巻末のうた」ではない)
を演奏しましたが、アンケートに「○○○(←引用者検閲)という用語があるが、
それに対する配慮がないのはどうか」という趣旨の批判が2人から来たことがあります。
なお、お二方とも教職員でした。そんなこと言われてもねえ。
ところで、以前、ワグネルの愛唱曲集(メロス楽譜)を見たことがありますが、
「年の別れ」の歌詞「♪○○の子の〜(←これも過剰反応されると困るので検閲)」の
下に、かっこつきで「ものいえぬ」とありました。
これは多田さんが「このように歌ってほしい」ということでしょうか。
だとしたら、(著作権者に了解を得ているでしょうが)「詩の安直な改変」と
いえないでしょうか。
63 名前:
筒井康隆
投稿日: 2000/03/13(月) 21:41
きちがいと
いうおどろしき
言葉もて
人は智恵子を
呼ばんとすなり
詩の意味は強烈でかなりのインパクトがあり、凄まじさには心を打たれるもの
があるが、これも差別用語で演奏不可なんだろうか?
私はこの曲には感動したが、最近やったところありませんか?
64 名前:
>63
投稿日: 2000/03/13(月) 22:59
ワグネルが123回定演(98年)でやっています。
65 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/13(月) 23:49
こんな時代があったのか。
http://www.jcanet.or.jp/publi/kadaik~1.htm
66 名前:
>62
投稿日: 2000/03/14(火) 00:30
「ゆうやけの歌」って今でも譜面は出版されてますが放送禁止らしいです。
>それにしても、「中也」にしろ「人間の歌」にしろ団体から抗議でも来たんでしょうか。
>レコード化にあたっての自主規制ということもあると思いますが。
たぶんそうでしょうね。
でも、「秋風裡」の一曲目にもヤバイ言葉が入ってますけど、
あれは出版も録音もされてないせいか差し替えられていませんよね。
67 名前:
NHKの使者
投稿日: 2000/03/16(木) 23:46
「ほたるこい」も放送禁止ではなかったかな。
「あっちの水」というのがまずいと聞いたけど。
68 名前:
19世紀のアメリカ人
投稿日: 2000/03/17(金) 01:41
わしの断りもなく、勝手にrobbersにかえるなんて何て輩だ。
69 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/03/21(火) 06:03
突然ですみません。
昔上手だった上智大学のグリークラブって
まだ存在しているのでしょうか?
近頃いっこうに名前を聞かないもので。
どなたか知ってたらご教示下さい。
70 名前:
本棚(>69)
投稿日: 2000/03/21(火) 09:48
去年、上智グリーのOBの方がうちの合唱団に見学に来ていて、
その時、「上智は今、4,5名」という話を聞きました。
今も活動しているかどうかはよく分かりません。
定期演奏会は一昨年の第50回以来、やっていないと思います。
71 名前:
>70
投稿日: 2000/03/21(火) 21:13
本棚さん ありがとうございます。
上智グリーはタダタケの「人間の歌」を
初演しているときいていたもので、
一度は生で聴きたかったものですから。
そうすると北村先生ももう指導していらっしゃらないのかしら?
72 名前:
>70,71
投稿日: 2000/03/22(水) 02:11
>定期演奏会は一昨年の第50回以来、やっていないと思います。
一昨年の定期演奏会が「最後」だったらしいっすね。
(同、上智大学女声合唱団)
昨年も学園祭か何かでステージを持っていたみたいやけど。
>上智グリーはタダタケの「人間の歌」を
>初演しているときいていたもので、
他にもいくつかありますよん。
「北陸にて」とか「雪国にて」とか男声版「方舟」とか「パパラギ」とか。
>そうすると北村先生ももう指導していらっしゃらないのかしら?
現在、北村先生が指導しておられる関東の大学合唱団は
立教グリー(男女とも)と慶應ワグネル男声くらいじゃないかなあ。
73 名前:
71
投稿日: 2000/03/22(水) 19:24
>72さん
レスありがとうございます
上智グリーがんばれ!
74 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/05/11(木) 17:35
タダタケの新作は「遠いふるさと」(山村暮鳥)です。
ただそれだけ。
75 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/05/12(金) 10:30
あれ、あがってる。
76 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/05/13(土) 22:46
あれ、あがってる。
7集でましたね。選曲おいしっすね。
ただそれだけ。
77 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/06/11(日) 20:41
>74
多田武彦氏が指揮をします。
崇徳グリー30回記念特別演奏会
客演指揮、多田武彦・北村協一
平成12年9月10日(日)広島郵便貯金ホール
午後4時開演
78 名前:
>>77
投稿日: 2000/06/12(月) 05:36
関係者の方ですか?
79 名前:
名無しさん@そうだ選挙にいこう
投稿日: 2000/07/18(火) 15:59
ああ 雪のしるしだ。
人々はその中に中毒になり 身を伏せて のたうってゐる。
この恐ろしい毒でも
そっと店の雪を買って中身を飲んでごらん。
あの毒素が 人々を襲って 狂って
一しきり去った後を 気づかれない様に飲んでごらん
雪印だよ。
案外に美味しくて
もう信用なんか無くなってゐるが
しづかな白い雪印だよ。
80 名前:
age
投稿日: 2000/07/19(水) 16:44
age
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ここのサーバ
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