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井沢元彦『逆説の日本史』その3
1 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/03 01:21
続きです。

その2
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=990239477
その1
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=984052746


2 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/03 02:02
age


3 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 04:28
武田研究家さんへ

私は「降伏したものを虐殺する」ことが普通だなんて
一言も言っておりません。
それは曲解もしくは誤解です。

私が言いたいのは狂信者に対しては虐殺より他に勝つ方法は
ないということです。
信長は天下布武という大目標のため、政治権力を自分のもとに
一元化することを推進しました。
そして当然他の大名と同様に、政治権力をもつ比叡山や本願寺と
ぶつからざるを得なかったのです。
これは祭政一致による宗教王国を作っていた勢力と
政教分離を掲げた信長の決定的な対立であり、
本願寺や叡山が政治権力の放棄を打ち出さない限り、とことん
戦わざるを得ないものです。

言っておきますが、信長は政教分離を打ち出したのであって、
当初から本願寺や叡山を敵視していたのではありません。
彼らが自らが持っている権力を放棄しなかったのが原因であり、
宗教弾圧の類ではないのです。
その証拠に、信長はあれほど一向一揆に苦戦しながら、
ただの一度たりとも一向宗(または浄土真宗)や天台宗を
信仰してはならないという禁令を出したことはありません。
宗教自体を禁止するのではなく、宗教が政治に干渉することを
禁じようとしたのです。

それでも一向宗徒とその指導者(願証寺など)はその本質を
理解できなかったのか、あるいはしようとしなかったのか、
最後まで信長の支配(宗教の持つ精神的な支配でなく政治的支配)
を最後まで拒みました。

我々は信長がここで妥協しなかったことに感謝すべきなのです。
日本が何故アジア最大の近代国家になれたか、
現在もアジア最大の先進国になれたかを考える時、
信長の政教分離が正しかったことを思わざるを得ません。
ナショナリズムと宗教が結びついた時、それは恐るべき
排他主義となって爆発します。
日本が尊皇攘夷運動など、ごくわずかな例外を除き、
極めて柔軟に欧米をはじめとする外国の優れた文明や文化を
受け入れるのは、日本における既存の宗教勢力が弱いことが
(信仰心の少ない日本人が多いことが)最大の原因なのです。

あなたが信長が行ったことを批判するなら、彼の立場に立って
果たして妥協するべきだったかを考えて欲しいのです。


4 名前: 前スレ965です 投稿日: 01/10/03 13:52
腐儒さんらしき>>4さんへ

話がずれているので困りました。
>私は「降伏したものを虐殺する」ことが普通だなんて
>一言も言っておりません。
あなたではなく、井沢せんせが発言しているのでしょ。
武田研究家さんは信長の行為ではなく井沢せんせの電波を批判しているのであって、
まずはあなたさまから議論の根本を考え直す必要があります。

>信長が残虐だと言うなら信玄も残虐です。
武田信玄、上杉謙信、そのた大勢の戦国大名が残酷だとしても、
それは信長が残酷ではないという弁護になっていません。


5 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/03 15:43
>4さんへ
それは分かるのですが武田研究家さんも別系統の電波のように感じてしまうのですよ、藁
残酷ではない有名な戦国大名がいるはずがないのは誰でも知っている事だからです。


6 名前: 名無しさん 投稿日: 01/10/03 16:29
日本が何故アジア最大の近代国家となったか。
それは政教分離を止め、天皇制としてナショナリズムと宗教を結びつけるのに
成功したからというのは定説なんじゃないのか。
>>3は廃仏毀釈とか知らないのかね。
おまけに一向宗が必ずしも狂信者の集まりではなくて
郷士地侍たちを主とした自治衆的な結束で、その結束のシンボルとして一向宗
がのっかかったというほうがただしいんじゃないか。
信長は伊賀攻めでも残酷なことやってたみたいだし、雑賀衆も負ければ
同じような目にあったんだろうな。
結局信長は自分に服属する可能性がないものや、見せしめとして
きついことをしたのであって、宗教がどうたらとか関係ないんじゃ。
まあ普通の戦国大名としてあたりまえ。
しかし既存の宗教勢力が弱い、信仰心の少ない人が多いことと
信長を結びつけるとこなんかは珍説爆発だね。


7 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 17:33
>>6
仏敵信長と戦って死ねば極楽浄土間違いなし、なんて
邪教の発想以外の何者でもないでしょう。

伊賀や雑賀衆のように徹底的に抵抗した人や裏切り者なら、
信長もその他の大名も残酷なやり方で対したでしょう。
宗教勢力はその徹底的な抵抗が信仰という精神的支柱に
よって支えられていたことは間違いないのでは。

もし信長がいなければ、日本は間違いなくずっと
宗教の力が強かったはず。
仏教が単なる葬儀屋プラス墓守りになっているのは
信長から秀吉、家康と徳川幕府とつながる政策のおかげ。

そりゃ廃仏毀釈ぐらい知ってるよ。
だけど、そのときの仏教勢力の抵抗が非常に小さかったのは
それまでの歴史があったからでしょうが。
そうでなかったら神道と仏教の大戦争になってる。

>>4
自爆してますよ。
それはさておき、井沢氏の発言が奇抜であり、
一部に行き過ぎた電波発言があることには同意ですが、
本筋の、信長が天下統一に向けた具体的な政策を行って
いたこと、狂信者の降伏を信用せずに虐殺するのは当然
というのは全く同意見です。

現代なら精神医療が発達していますからオウム真理教や
イスラム原理主義の信者に対してそのマインドコントロール
を解くことも可能かもしれませんが、戦国時代なら殺す以外に
ないと思います。

前にも書いている通り、信長は信仰自体を禁じたわけではない
のですから、世俗を離れたものとしてなら一向宗が敵視される
ことはなかったのです。
権力を手放そうとしなかったから攻められたのであって、
信者の信仰心を利用して抵抗させたのですからこれは明らかな
狂信者集団です。


8 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 17:37
もうひとつ、武田研究家氏の一連の発言には
信長を残酷だとしながら、信玄を残酷と認める発言が一つも
ありません。
単なる信玄びいきにしか見えないのです。
両者とも残酷だ、あるいは私のように両者とも残酷ではない
(当時としてはやむを得ない)と言うならわかるのですが。

>>5氏は私ではありませんので念のため。


9 名前: 4です 投稿日: 01/10/03 17:49
すみません、>>3でした。
残酷云々の話ではなくて、井沢せんせの逆説が正論かどうか、でしょう。
一向宗は兎も角、前スレのここはどうですか?

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
926 :武田研究家 :01/09/24 01:24
実はこの時、信長は「城兵を城に押し込めて火を放つ」こともやっているので
す。なるほど秋山信友は岩村城を攻略した際に、その時の岩村城の女城主であ
った信長の叔母を妻にしてしまった人物ですから、信長の個人的な恨みもあっ
たでしょうし、恨みがなくても降伏の条件に城主の命を要求した例ならいくら
でも挙げられます。ですがいくら恨みがあったとしてもそれに従った、という
よりむしろ従う他なかった兵たちまで焼き殺すというのは、当時としても例を
見ないでしょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

上のような行為が「残酷か、当然のことか」ではなくて、
「普通の行為か、普通を超えた行為か」についてご説明お願いします。
戦争だから残酷だという発想はありません。


10 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 18:11
別に城兵全員を殺したと言うなら
信玄だってやっていたと思います。
他の大名にしても北条早雲の深根城、伊達政宗の小手盛城、
秀吉の上月城、家康も大坂城では皆殺しをやっていますし。

主君を裏切らせておいて兵を殺すというのは確かに狡猾ですが、
これも秀吉が上月城で、光秀が八上城で、謙信が七尾城で
やっています。信玄については調べてみますが、ことさら
信長だけが特別残酷とするには当たりません。

もう一度言いますが、信長も他の大名も皆残酷だ、
あるいは皆残酷でないというならわかります。
信長だけを異常というのは疑問だ、と言っているのです。


11 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 18:18
もちろん、信長が浅井父子と朝倉義景の首を加工したこと
など、彼がより残酷な部分があったという指摘もあるでしょう。

信長が抵抗した人間に残酷な見せしめを多用したという点も
否定はしません。杉谷善住坊の処刑のようにね。

しかし、武力で征服する時にはそういうことは不可欠なのです。
信玄がそういう政策を一度も採らなかったということはありません。

信長は信玄よりはるかに多くの味方と多くの敵がいましたから、
それだけ殺した人間の数も多いという面は否めません。


12 名前: 和碩貝勒:愛新覚羅溥濡 投稿日: 01/10/03 18:58
>現代なら精神医療が発達していますからオウム真理教やイスラム原理主義の信者に対して
>そのマインドコントロールを解くことも可能かもしれませんが、戦国時代なら殺す以外に
>ないと思います。

ほお、では清の雍正帝(1722-35)の時代に、
曽静が記述した「大義覚迷録」はどうだね?
偏狭な中華思想から脱却してゆく過程を著者自ら記述した本だが、
単に中華思想の矛盾点の露呈だけでなく、筆者自身がマインドコントロールから
開放されてゆく過程が書かれている名著だ。
まあ、読めとは言わないが、どうせ読まないだろ。


13 名前: 大木 投稿日: 01/10/03 19:06
>>我が家では一向宗ですが内情を書かれて文句を言う方が堕落していると思います、藁

こういうのがアレフ(旧オウム真理教)なんぞに入るんだろうね。
そういえば「一向宗」なんて自称しているのは「親鸞会」しかないもんな。


14 名前: 一向宗ちゃんへ 投稿日: 01/10/03 19:24
武田研究家さんは信玄と勝頼、どちらを評価しておられたかな?

それから「一向宗」の語源は「浄土宗」では内容不足だよ。


15 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 19:30
>>13
おや大木さん、お久しぶりです。
「親鸞会」ですか・・・困りましたねえ・・・


16 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 19:36
>もちろん、信長が浅井父子と朝倉義景の首を加工したことなど、
>彼がより残酷な部分があったという指摘もあるでしょう。

立川真言流の髑髏本尊の事、知らないようだね(ぷぷっ)


17 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 19:39
↑馬鹿発見


18 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 19:40
↓馬鹿(一向宗ちゃん)発見


19 名前: こらこら人違いだ 投稿日: 01/10/03 21:08
>>18
信長マンセーを批判するのは良いが、左様な書き込みはフェアではないですぞ。
武田研究家どのの書き込みを待とうではないか。


20 名前: 18 投稿日: 01/10/03 21:37
>>19さん
これは大変失礼いたしました。


21 名前: 名無しさん 投稿日: 01/10/03 21:39
>>7
おいおい順番間違っているぞ。
権力を手放そうとしないで権力のもとに組み入れようとしたのは
信長や戦国大名の方なんだぞ。
執拗に自分の支配体制に組み込もうとしたので、抵抗する郷士地侍たちが
抵抗する文句として仏敵信長くらい使っても不思議はないだろう。
残酷さでいえば、首切り腹きり、落城後の人身売買をするモノノフも
大して違わないじゃない。狂信的とどっこいだよ。
町衆や郷士や地侍達にとって大名なんかただの寄生者以外何ものでもなかった
のは室町時代から末期戦国に至る社会史にはしつこく書いてあると思うが。
(もちろん全てではないが)
あと仏教が信長以降の政治のおかげで、葬式墓守レベルのものにとどまっていると
いうのはいくらなんでも電波すぎるよ。
大乗仏教圏の国々において仏教の教義が生活の隅々まで支配する事はないというのは
共通の現象だろ。何も信長秀吉家康のおかげじゃないぞ。


22 名前: 浄土真宗本願寺派 投稿日: 01/10/03 21:45
阿弥陀寺は「浄土宗」の何派なの?一向宗ちゃん。


23 名前: 元彦 投稿日: 01/10/03 21:52
うるせえ。浄土真宗本願寺派>


24 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/03 21:54
とうとう正体あらわしたわね( ̄ー ̄)


25 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/04 00:19
今週の逆説の分を書きたいけど、まずは色々答えないといけませんな。

>>3
>私が言いたいのは狂信者に対しては虐殺より他に勝つ方法は
>ないということです。
>信長は天下布武という大目標のため、政治権力を自分のもとに
>一元化することを推進しました。
>そして当然他の大名と同様に、政治権力をもつ比叡山や本願寺と
>ぶつからざるを得なかったのです。
>これは祭政一致による宗教王国を作っていた勢力と
>政教分離を掲げた信長の決定的な対立であり、
>本願寺や叡山が政治権力の放棄を打ち出さない限り、とことん
>戦わざるを得ないものです。

「一向一揆が狂信者の集団」だと思っているなら、まずその認識を
改めるべきですね。それこそ井沢元彦に踊らされているに過ぎません。
そりゃもちろん一揆の指導者クラスは信長を「仏敵」と呼んでいますが、
これは宗教勢力の常套句みたいなものであって、必ずしも信念故ではありません。
たぶん今週の『逆説の日本史』を読んで書いているんでしょうけど、
井沢氏は先々週には宗教勢力の争いを「勢力争い・利権争い」だと
解説していますから、たった二週でテロ事件にかこつけて自説を曲げて
知らん振りというのはいかがなものでしょうね(笑)
数ある宗教勢力の中で一向一揆だけがなぜかくも勢力を持ち得たのかを
知らずして、彼らを「狂信者」などと呼んでいるのは時代遅れというものです。
一向宗の特徴はその布教の独特な形態にあり、その方法は惣村を丸ごと
取り込んで組織化し、運営していくというものでした。
この方法は言うなれば戦国大名が自分の領国を把握・経営するのと良く似た
ものであり、一向宗の動員力とその組織だった軍事行動は普段から村単位で
組織化されたその宗教勢力らしからぬ運営体制にあったのです。
しかしそれ故にその勢力は武士たちの支配と衝突が必至のものであり、
一向一揆が盛んに起きた理由はここにあります。
決して信者が狂信者ばかりだったからではありません。
そしてそのような運営を行なっていてさえ、信長と戦った時には参戦を拒否した
惣村がいくつとなくありました。
それが「狂信者の集団」で「だから殺す以外に止められない」などというのは、
残念ながら研究不足・認識不足というものです。
また伊勢長島一向一揆には現地の国人衆や北畠氏の残党など、信長に自治を
奪われた者たちが参戦していましたし、石山本願寺の籠城を支えた主力である
雑賀衆は後に本願寺が秀吉に服従してからも抵抗を続けたことなどからして、
一向宗を信じるからではなく、自分達の自治を守らんとした紀伊惣国一揆の
一員として信長と戦ったのだと言えます。
このような流れを「信長には天下布武の大義があった」というだけで
正当化するのは簡単ですが、信長の大義とは反対の「自治を守る」という大義も
存在したのであり、それを後世の我々の視点から結果論だけで「信長が正しい」
などと言う事自体が、歴史を研究する上では、重大な誤りであると言えるでしょう。

>彼らが自らが持っている権力を放棄しなかったのが原因であり、

具体的にどのような「権力」を持っていたのですか?


26 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/04 00:37
>>5
>それは分かるのですが武田研究家さんも別系統の電波のように感じてしまうのですよ、藁
>残酷ではない有名な戦国大名がいるはずがないのは誰でも知っている事だからです。

それを知らない人がいます。井沢元彦氏です(笑)
『逆説の日本史』を語るスレである以上、井沢氏が
「信長は残酷でない」と書けばその点を攻めるのは至極当然。
別に他の大名が残酷な行為をしたことがないなどとは言っていません。

>>10
>もう一度言いますが、信長も他の大名も皆残酷だ、
>あるいは皆残酷でないというならわかります。
>信長だけを異常というのは疑問だ、と言っているのです。

井沢さんが信長ネタをやっていたから他の大名には触れませんでしたけど、
ま、すぐ上を読んでおいてください。
ここは井沢スレであって、戦国全般を扱うスレではないと考えて
書いていますから。

>>7
>仏敵信長と戦って死ねば極楽浄土間違いなし、なんて
>邪教の発想以外の何者でもないでしょう。

心からそう思っていたならば、長島の願証寺は降伏せずに
戦い続けて全滅して果てたでしょうね。
(降伏しても結局皆殺しになったんですけどね)
また石山本願寺だって最後まで抵抗したでしょう。
法主・顕如自ら仏敵と和議を結んだ時点で「方便」だったことぐらい
わかるでしょう。
僧侶は何と言っても口が立つのですよ。

>もし信長がいなければ、日本は間違いなくずっと
>宗教の力が強かったはず。
>仏教が単なる葬儀屋プラス墓守りになっているのは
>信長から秀吉、家康と徳川幕府とつながる政策のおかげ。

寺院の権力を押さえ込もうとした大名は信長・秀吉・家康
ばかりではありませんよ。
誰にせよ日本を統一する大名が現れたなら、宗教勢力は
押さえ込まれたことでしょう。
それは前のレスで説明した通り、宗教勢力と統一志向との衝突は
避けられないものだったからです。
ただ、やり方が信長ほど性急ではなかっただろう、とは言えますが。
「もし」の話を始めたらきりがありませんよ。


27 名前: 名無しさん 投稿日: 01/10/04 00:43
武田研究家さん
一向一揆の詳しい説明スゴイですね。
素人に対するわかり易い説明も見事だと思います。
もしかして武田研究家さんは
日本史中世近世を研究してらっしゃる専門家の方か
院の博士課程の方ですか?


28 名前: 救世観音と・・・ 投稿日: 01/10/04 01:19
わたしは只の仏像オタクですが、何か?


29 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 03:02
>誰にせよ日本を統一する大名が現れたなら、宗教勢力は
>押さえ込まれたことでしょう。
素人考えで恐縮ですが、当時の状況からすると、
日本を統一する前提として何らかの手段で
(信長の手法の是非は別としても)
宗教勢力を押さえなければ天下統一は難しいのでは?


30 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 08:47
>仏敵信長と戦って死ねば極楽浄土間違いなし、なんて
>邪教の発想以外の何者でもないでしょう。

当時の人達の感覚としてこれは邪教と言えるのでしょうか?
皆さんは如何思われますか?


31 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/04 08:56
少なくとも仏教ではないわな。
やっぱ邪教じゃないの。
だいたい蓮如が歎異抄を封印した時点で
教義の変更がなされ、親鸞の考えとはちがうものになった。
その行き着く先が仏敵云々というものになったんだろ。

俺は政治に干渉したり武装したり必要以上にお金を集める宗教は
それだけで充分邪教だと思う。
そういう意味で今の創価学会も完全に邪教。


32 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 10:16
>>31
親鸞だって従来の仏教とは異なったものだったんだから、
どこから「仏教でない」のかは難しいと思いますよ。
それに当時の宗教勢力は「政治に干渉」なんてほとんどしてませんよ。
自治権を持って、その範囲内での経営のみを考えていた寺院がほとんどです。
だからこそ寺院勢力は繁栄し、中世の「都市」を形成するに至ったのです。
また寺院は金を持っていたけど当時は寺院だけが唯一の弱者救済を
してくれるところだったから、一概に否定してしまうのはどうかと。
先立つ物が無ければ現在のNPOだって活動できないのと同じで。
多宗派のものだから、民衆にも選択の権利があるわけで、
西洋の教会ほどは悪どくないと思いますよ。


33 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 10:56
武田研究家さん
>「信長は残酷でない」と書けばその点を攻めるのは至極当然。
>別に他の大名が残酷な行為をしたことがないなどとは言っていません。

了解しました、笑
この話題を誤解無く相手に理解してもらえるように表現するのは難しいですね。

大木さん
自分の知っている範囲が全て正しいと思っているような書き方は傲慢だと受け取られてしまいますよ、藁


34 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 12:33
まあ西洋の教会ほど悪どくない、という比較をするのもどうかと思うけど
政治に関わればみんな邪教、というのはどうかと思いますね。


35 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 13:32
話がそれてきたようだ本題にリターンage


36 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 15:30
>このような流れを「信長には天下布武の大義があった」というだけで
>正当化するのは簡単ですが、信長の大義とは反対の「自治を守る」という大義も
>存在したのであり、それを後世の我々の視点から結果論だけで「信長が正しい」
>などと言う事自体が、歴史を研究する上では、重大な誤りであると言えるでしょう。

武田研究家さんに賛成です。
信長にのみ大義を認めるのは勝てば官軍式の論法です。


37 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/04 17:07
俺は7氏に賛成だな。
信長が正しいなんて言ってないと思うよ。
天下統一を推し進めようとすれば早晩一向宗ら宗教勢力と
激突せざるを得なかっただろうし、強力な統一政権を作ろうとすれば
苛烈な攻撃もやむを得なかっただろうということでしょ。
その通りだと思うけど。


38 名前: 大木 投稿日: 01/10/04 18:30
>大木さん
>自分の知っている範囲が全て正しいと思っているような書き方は傲慢だと受け取られてしまいますよ、藁

誉めてくれてありがと。俺はあんたと同じく世間知らずなんでね。これからも傲慢な発言させてもらうよ。
じゃ、傲慢かましてよかですか?

「一向一心為本宗」

ほれ、はやく、イチャモンつけてくれ。


39 名前: 浄土真宗本願寺派 投稿日: 01/10/04 18:39
一向宗(元彦)ちゃん。それは現在の阿弥陀寺の宗派だろう。
織田信長の時代の阿弥陀寺は何宗の何派だったか、正式名称で書いてくれ。
>うるせえ
なんて通じないよ。それとも質問に答えられないのかな?


40 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 18:40
>>浄土真宗本願寺派
馬鹿の相手はしたくないから、藁


41 名前: 名無史さん 投稿日: 01/10/04 18:42
知ったかぶりが逃げ出した(苦笑)


42 名前: 浄土真宗本願寺派 投稿日: 01/10/04 18:48
はははははははははははははははははははは・・・・・・


43 名前: 救世観音と・・・ 投稿日: 01/10/04 18:57
九儒十丐?


44 名前: 沢口靖子 投稿日: 01/10/04 19:04
あほくさ


45 名前: じじい 投稿日: 01/10/04 19:06
だから前にも言ったろ。
信長様はぱくりの大天才だってさ(笑)。


46 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 20:04
>>37
そうかな。3なんて信長が正しいという前提の下にかかれた文章だと思うよ。


47 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/04 20:09
>>31(31でなくても誰か詳しい方に)
自分はド素人なのでちょっと確認させてください。
(間違った理解をしているかも知れないので)
★親鸞と蓮如の相違(大雑把に)
親鸞の思想は
一個の人間の実存的苦悩、つまり煩悩の自覚を基幹とする。
それぞれの人々が罪を自覚し絶対他力の念仏に接する。
罪深き一人の人間として仏の絶対の救済を信ずること。
 親鸞自身は漂泊の聖、つまり信仰に徹した自由人で、
あくまで超俗の人であり、
近代的な個の信仰の確立を成し遂げた人。

蓮如の思想は
現世の人々の「悲哀」とか「苦しみ」といった情念の世界
に立脚し、苦しむ人々を励まし救済するというもの。
言い換えると「苦悩」を救済するのではなく、
人々の「苦しみ」や「悲しみ」といった
情念を救済しようというもの。(少し、誉めすぎですかね?)
これは「悲壮非俗」とは言い難いですね。
 ただし、俗だからこそ人々との関係が生まれ、
惣から講、講の集合体としての
一向宗に発展していく。

ド素人の自分にはこの程度の理解力しかありませんが
あっていますかね?
ついでに、
自分の場合は全くの俗物で、低レベルですから、
「蓮如さん」の方が近づきやすいような気がします。


48 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/05 01:10
>>27
>日本史中世近世を研究してらっしゃる専門家の方か
>院の博士課程の方ですか?

どちらでもありません。

>>29
>日本を統一する前提として何らかの手段で
>(信長の手法の是非は別としても)
>宗教勢力を押さえなければ天下統一は難しいのでは?

宗教勢力の力を弱めるには様々な手段があります。
私の得意は武田家ですから武田家の例でいいますと、
例えば諏訪大社に対しては諏訪大社が財政難で伝統ある祭祀の
継続も難しかった当時、武田家が援助し、武田家が古来の祭祀を
調査し、そして武田家がその実行の音頭を取ることで、
諏訪社を伝統ある権威から武田家に組み込まれた一組織へと
変えていきました。
また甲府に移された善光寺に対しては勝頼の代に寺院としての
特権を制限する書状が出されており、武田家の宗教対策は
「宗教勢力中における武田家の影響力を高め、その上で管理を
強化していく」方針であったことが分かります。そしてまた
信玄による比叡山の甲斐国内における再建案や、天台宗大僧正への
就任などもこの政策の一環であったと見る説もあります。


49 名前: 29・47 投稿日: 01/10/05 02:29
>>48
どうも、ありがとうございます。

余談ですが、
随分と昔、4、5年前(小5くらいの時かな)
井沢氏の「覇者」という作品を読んだのですが、
諏訪氏の怨念を引きずった主人公の望月某の弟は確か、
善光寺大勧進に属する僧でした。
 それから、この「覇者」という作品の中の信長は
十分嗜虐的でした。
(作品の中で信長が扱き下ろされているという意味ではないですが)


50 名前: 29・47 投稿日: 01/10/05 02:40
×悲壮非俗 ○非僧非俗
鬱・・・・・・


51 名前: 投稿日: 01/10/05 09:34
>>46
信長が正しいなんて思ってませんよ。
歴史に正しいとか正しくないとか、善とか悪という概念は禁物でしょう。
それに近いとすれば当時や後世の人々にプラスの影響やマイナスのそれを
与えたか、時代を進歩させたか後退させたかという見方はあるでしょうが、
それは正しいとか正しくないというのとは違います。

私が言いたいのは、信玄が諏訪頼重を騙し討ちに近いやり方で切腹させた
のがやむを得なかったというのと同じ意味で、信長が一向一揆に対して
虐殺と言うやり方で臨んだのはやむを得なかったということです。


52 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 10:27
>じゃ、傲慢かましてよかですか?
はははははは
あんたにはかなわんな(爆笑)
まあせいぜい頑張ってや。


53 名前: 36 投稿日: 01/10/05 14:25
>>51
>歴史に正しいとか正しくないとか、善とか悪という概念は禁物でしょう。
信長をいつも善としてその筆を進めているのは井沢せんせです。
だから反井沢の人たちはそこを指摘しているのでしょう。

井沢せんせ、「信長が正しい」と主張
反井沢、信長の諸悪を指摘
井沢弁護派、「いや信長以外だって信長と変わらない」

これじゃあ信長が正しいという井沢説を支持しているのと同じですよ。

あとイスラム原理主義と一向一揆とを同レベルに扱う>>6の書き込みは。
>>25武田さんに対しての反論をぜひお聞きしたいと思っています。


54 名前: これでも井沢ファン 投稿日: 01/10/05 15:42
武田研究家さんが述べているところの
『方便』によって信者を何万人も殺してしまったトップを持つ宗教は逝ってよし!!
と云う事なのでしょうか。

でもこれって現代人の発想だし、仮に信長がこのような発想を持っていたとしても
イコール開明的な天才大名とはならないですよね。戦国時代には戦国時代の発想があるわけで。

井沢先生が常日頃「逆説」の中で書かれている
『現代人の目で過去の物事を判断してはいけない』
を一番守ってないのがご自身であられるわけです。(信長に関しては特に)


55 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 17:01
>>54
井沢ファンでも井沢のいただけないところは批判する。
それが本物のファンというものじゃ。天晴れ天晴れ。


56 名前: 浄土真宗本願寺派 投稿日: 01/10/05 17:29
>>じゃ、傲慢かましてよかですか?
>>「一向一心為本宗」

>はははははは、あんたにはかなわんな(爆笑)

勝負あったね。腐儒さん。
大木さんの勝ちだよ。
では、大木さんに質問します(一向宗ちゃんが馬鹿で答えられないので)

織田信長の時代の阿弥陀寺は何宗の何派ですか?


57 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 17:38
信長は本能寺の変で明智光秀に討たれました。
なぜか?その答えは
「マヌケだったから」。


58 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 17:39
>>57
確かにそうだわな(w


59 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 18:10
>>55
サイン本もらって、早速ブックオフに売りつけた漏れは一体


60 名前: 馬鹿8号 投稿日: 01/10/05 18:14
おい元彦!!足利義満の死から戦国時代が始まったって、誰が言ってるんだよ?


61 名前: 50 投稿日: 01/10/05 19:06
>>12
マインドコントロールから解放された曹静さんは
乾隆期に殺されたんじゃ・・・

スローなレスで恐縮ですが、
改めて見渡してみてちょっと気になったものですから。


62 名前: やい井沢!!! 投稿日: 01/10/05 19:31
このあいだの歴毒で
邪馬台国=西都の可能性を示唆していたが鹿島さんの手柄横取りするなよ


63 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 20:00
「織田信長が本能寺で殺されなければ天下を統一し、……ルソンまで日本領に」
天下を統一する前に殺されるほどの人だから、そんなマンセー論外(w


64 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 20:28
>>62
早稲田の社学中退が、なめた口をきいてはいけませんよ、藁


65 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 20:48
>>61さん
偉い!よく知ってますね。
乾隆帝は、表向き「先帝を侮辱した」という理由で処刑しましたが、
実際は曽静が「先帝陛下に殉じたい」というのを乾隆帝が認め、
「絹を賜った(つまり自殺ですな)」だという説があるのです。
(石橋崇雄「乾隆帝期の禁書―大義覚羅録の禁書化の背景」より)


66 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 20:53
>>63
むしろ、1582年6月2日まで織田政権が崩壊しなかった方がはるかに奇跡的だと思われ


67 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/05 20:59
>>62さま
大室寅之スレ様。ようこそいらっしゃいました。
どうぞごゆっくりしていって下さいませ。


68 名前: 大室寅之スレさんへ 投稿日: 01/10/05 21:03
ささ、いつものやつを。。。(コピペ大歓迎)


69 名前: 大木 投稿日: 01/10/05 21:11
浄土宗西山禅林寺派でしたな、元亀〜天正年間ごろは。
でも清玉上人が、実は本願寺派の関係者だったなんてね・・・・


70 名前: 腐儒さんて 投稿日: 01/10/05 21:40
相変わらずのようですね。
少しは進歩してると思ったのですが。。。


71 名前: 65 投稿日: 01/10/05 21:42
訂正:大義覚羅録→大義覚迷録


72 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 01:21
>信長は本能寺の変で明智光秀に討たれました。
>なぜか?その答えは
>「マヌケだったから」。

井沢氏は別な著作で「関所を撤廃したから信長は殺された」って言ってたね。
何の本だっけ?
覚えてる人、います?
「関所を撤廃したため光秀の動きに気が付かなかった云々」とか何とか。


73 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 01:37
>72
京都七口の関所が撤廃されたのは
信長死後のことなのだが・・・。


74 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 02:02
ま、井沢だし。


75 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 02:15
最近の連載はちっとも逆説じゃない。


76 名前: 50 投稿日: 01/10/06 03:54
全然このスレとは関係のない話ですいません。
>>65さん
 どうもありがとうございます。
ところでお詳しそうなので少し聞きたいことがあります。
雍正帝即位は康熙帝の遺詔によるというのが
通説ですが(実際は隆科多と年羹堯の擁立によると
の説が常識的なようですが)、
 即位の経緯を巡って黒い噂がありますよね。
遺詔には「伝位十四太子」
とあったのを「伝位于四太子」書き換えたとか、
その際に呂(和尚)と称する人物の下で剣術を極め、
忍術の名人ら13人と結託して、遺詔を盗みだした
とか、即位の後に、疑心暗鬼になって呂を殺害して
その1ヵ月後に寝首をかかれたとか(過労死が一般的な見方
だと思うのですが)・・・・
こういう説ってどこまで本当なんですか?
自分は思考力が無いので電波でも、コロっと
騙されてしまうんですよ。

中国の話になってしまったので中国史上の人物で
信長の類型(立場的に)を敢えて求めるてみると
(素人感覚で申し訳ないですが)
後周の世宗柴栄ってところでしょうか?
(秀吉=宋の太祖、家康=宋の太宗)
ただ、宗教対策に関しては世宗の方に分があるかも知れません。


77 名前: 信長雑感 投稿日: 01/10/06 10:36
「歴史にIFはない」というが、それは時によりけり。
将棋の感想戦に当たる「ここでどうすべきだったか」は学問の発展になるが、
「もし〜だったら(ではなかったら)」というのは勝手なことを言えるだけ。
学問とはいえない。
「もし石川五右衛門が天下人だったら」
「もし秀吉が女だったら」
という具合の、愚にもつかない話まで出てくるのである。

「もし信長が本能寺で倒れなかったら」も同様に愚かな会話だ。
「本能寺で死ななかったら」を論じても、それは巷の「IF小説」でしかない。
それよりは「もし〜なら本能寺の変はなかった」を論じるべきである。

なお、信長の限界はせいぜい本能寺であって、
天下統一を果たすほどの逸材ではなかったことは歴史が証明した。
ましてルソンなんて論外であろう。
武田信玄や上杉謙信よりは信長のほうが勝っているにしても。


78 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 12:34
歴史は偶然の積み重ねで作られてきたわけであって、
信長に限らず、条件さえ整っていいれば、戦国時代の有力大名全員が
天下統一を果たす可能性はあり得たと思われる。
有力候補者を挙げるのならば
上位には上杉謙信、武田氏(信玄・勝頼)毛利、長宗我部あたりだろうか。


79 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 12:45
>>78
後北条や島津モナー


80 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 13:44
あえて>>77の言う「愚」を述べる。

信長がいなかったら戦国時代を統一するものがなかったようなことを井沢氏は言うけど、
俺はそうだと思っていない。仮に当時の最強今川義元が京都に上洛すれば、
彼の兵力を頼むことによって足利将軍家の力は回復する。
京都を荒らしている三好松永は簡単につぶされるか今川の手先になってしまう。
今川は北条、武田と連携しているから東国の戦乱は治まった格好だ。
浅井・朝倉・上杉(長尾)だって将軍家の命令が下れば余計な戦争はしない。
信長包囲網が将軍義昭の命令だったことを思えば、彼らが将軍家の権威を重んじることは明らかだ。

つまり関東から京都までの戦国時代は、今川義元の上洛によって簡単に解決したのだ。
西日本も島津、毛利ら有力大名と手を組んで他を倒せばそれで終わり。

天下統一とはいえないような地方政権の連合体になるが、
足利義満の行った如く不穏な大名をじっくりつぶす方法で中央の政権は固まる。

織田信長の登場は、戦国時代の終焉を遠回りさせたのではないだろうか。


81 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/06 14:10
今川義元の上洛で一時的な安定は保たれるかもしれないが、
>>80のいうとおり地方政権の連合体であれば足利幕府の延命
にしかならないと思う。足利将軍の影響力が、それほどのも
のなのかは疑問なところ。
今川家の衰えとともに、再び戦乱の世になってしまうかもし
れない。徳川300年的泰平の世にはならないのではなかろ
うか?
しかし、むしろその方が日本の国際化には有益だったかもし
れないが。


82 名前: 日本@名無史さん77 投稿日: 01/10/06 14:25
>>81
だからさ、お互いIFだから勝手なことを言えるわけ。
「もし今川が上洛したら天下を統一した」なんていっても、
「いや戦乱の時代に戻った」といっても、どっちもどっちだよ。話が平行線なの。


83 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/07 13:36
>>81
戦乱の時代が続いたら、国際化どころか逆にスペイン・ポルトガル・オランダ・イギリス、果ては
中国(明と清)らの支配下に入っていた可能性は高いと思うぞ。

>>82
いや漏れは平行線だと思えないな。
天下統一を果たした(?)信長、秀吉、家康らの死後(いや生存中でも)、
いつ戦乱の時代に戻りうる要因はいくらでもあったし。
武力で天下統一を果たしたのは、豊臣秀吉と徳川家康だけれど、日本全国を
政治的に天下統一を果たしたのは徳川秀忠と徳川家光ではないかいな?


84 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 12:57
話がそれてきた、井沢の話題にBACKあげ

>>3
>信長の支配(宗教の持つ精神的な支配でなく政治的支配)を最後まで拒みました。
>>7
>狂信者の降伏を信用せずに虐殺するのは当然

これは信長の支配が「大義」という前提の下に書かれた文章ですね。
一向一揆を今回のテロと関連させ、「だから殺すのは当然」という言い方は、
つまり信長の支配が正しい、それに歯向かうものは皆悪ととれますよ。


85 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 13:43
毎週、図書館で逆説を読んでいるのだが・・・。

最近は、浅井長政に裏切られて信長は変わった、
城下の放火のような強硬手段に訴えるようになったが、
これは天下布武という大義のために眼前の小さな損害
は止むを得ないと信長は判断したからだ、といった論理
展開が見られるけど、どうなのかなあ。

今週号では『信長公記』の一節がわざわざ引用されている
くらいだから、井沢さんは『信長公記』を読んでいる筈。
だとしたら、初陣以来、信長が敵方の城下に度々放火して
きたことも知っている筈なのだけど、どうして見当違いな
ことを述べているのだか、よく分からない。そもそも、敵領
への放火なんて戦国時代にはありふれた行為なんだけど。

このことに限らないけど、何だか、信長のやったことは
全て天下布武という大義名分の下に行なわれてきたこと
だから、肯定されるべきだ、といった論理が窺えて、信長
評価が見当違いなものになっているように思う。


86 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 14:32
腐儒さんへ

私が言いたいのは狂信者に対しては抹殺より他に勝つ方法は
ないということです。
武田研究家さんは「逆説の誤りを正す」という大目標のため、
様々な文献から井沢の矛盾を指摘しました。

そして当然他の日本@名無史さんと同様に、
信長マンセーの井沢や腐儒とぶつからざるを得なかったのです。

これは史実に基づく解釈から研究する人たちと
信長が絶対に正しいと主張する井沢の決定的な対立であり、
あなたや井沢が信長マンセーの放棄を打ち出さない限り、
とことん戦わざるを得ないものです。

言っておきますが、武田研究家さんは正しい歴史を語ったのであって、
当初から井沢やその支持者を敵視していたのではありません。
彼らが自らが持っている妄想を放棄しなかったのが原因であり、
言論弾圧の類ではないのです。
その証拠に、武田研究家さんはあれほど井沢の信長マンセーに苦戦しながら、
ただの一度たりとも井沢の著書を読んではならないという発言をしたことはありません。
言論自体を批判するのではなく、井沢が歴史を捏造することを
批判しようとしたのです。

それでも井沢とその支持者(腐儒など)はその本質を
理解できないのか、あるいはしようとしないのか、
今でも史実に基づく歴史解釈を拒んでいます。

あなたが武田研究家さんが言ったことを批判するなら、彼の立場に立って
果たして妥協するべきだったかを考えて欲しいのです。


87 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 14:44
物事を多面的に捉えるということができないタイプの人って存在しますよね。
必ず善玉悪玉に分けるというか・・・
現代的といえばそうなのでしょうが、思考方法がデジタルなのです。
一見、この手法は理論に筋が通ってて解り易いように見えますが
歴史を科学的に論証するには向かないでしょうね。
小説とか講談話なら良いのですが。。。


88 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:02
>>87
>必ず善玉悪玉に分けるというか
その代表は、過去に司馬遼太郎・現在は井沢元彦ってところかな


89 名前:   投稿日: 01/10/08 15:09
今川さんには碌な後継ぎがいなかった気がするが。


90 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:11
>>88
小説とか講談話なら良いのですが。。。


91 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:13
>>86
腐儒(阿部奈亮)氏は、今までの投稿内容から見ても、
他人の立場にたって物事を考える、という事自体、出来ないと推測できます。

>>87
井沢氏は「小説」の方が、はるかに多面的に書くことができたのに・・・


92 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:22
>>91
いや、小説さえも近年は同じパターンになってきている。
それでも面白い内容ならばまだ許せるけれど、最新作なんかは
目も当てられない作品だった。小説家「井沢元彦」は、もう終わっていると
思うよ。むしろコメンテイターとして転身しつつあるからね。井沢氏は。


93 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:24
>>91
86は安部さんの書き込み>>3を茶化しているだけだと思いますよ。


94 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:24
>>89
織田さん、豊臣さんのところモナー


95 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:27
>>94
そうかな?


96 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:38
腐儒こと安部奈亮さんの文章への批判が多いのは独特の断定口調が原因だと思われます。
自分の言いたいことだけならまだしも、
著者の意図や議論をしてる相手の考えまでを「○○です」と言い切ってしまう。
これは和を尊ぶ我々大和民族の伝統からして受入難いのです(w


97 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:39
>>94
そういうことになっている、と。


98 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:44
>>96
2mやPAKU氏亡き今は格好の餌食になっちゃってるわけですなww

そういえば、2mのところに井沢のサイン本は届いたんだろうか?


99 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 15:44
>>96
>これは和を尊ぶ我々大和民族の伝統からして受入難いのです(w
ワラッタ


100 名前: 麦ちゃん 投稿日: 01/10/08 15:56
あれ100か?まあいいや。


101 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 16:51
彼は自分達の仲良し掲示板でちやほやされているからねえ・・・


102 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/08 17:59
あのー、>>3 は私ですが、その腐儒とやらいう人ではありません。
もちろん井沢氏でもありません。
私は信長マンセーではありませんが、信長を不当に悪く言うことが
許せないのです。
信長自身が意図したかどうかはわかりませんが、
彼がやったことは後世にとっては感謝するべきことが多いと思うのです。

それに人物として、私は信長の方が信玄や謙信より上だと思いますね。
信玄や謙信ははるかに保守的で、とても天下を取って混乱を収めるだけの
やり方を持っていなかったと思います。
別にこれは公平な評価だと思うんですけどね。


103 名前: 江川紹子 投稿日: 01/10/08 19:09
>>102さんへ

>信長を不当に悪く言うことが許せないのです。

では、比叡山を焼き討ちした時、武田信玄は織田信長のことをなんと言いましたかしら?
「天魔」と呼びましたよねえ。
そうしたら、織田信長は何と返答しましたかしら?
「第六天魔王」と返答しましたよねえ。これは一体どういうことでしょうかしら。
さ、ちゃんと説明をしてください。


104 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 19:19
>103
何をいいたいのかわからん。


105 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/08 19:25
>>101
その分、批判的な投稿者に対してはサイン本をよこさなかったりと、明らかに不公平。
そのくせまだ登録者を募ってるんだからねえ、呆れるよ( ̄△ ̄)


106 名前: 104 投稿日: 01/10/08 19:28
訂正:>102


107 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 19:32
>>105
そんなの当たり前じゃん。


108 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/08 19:40

        のぶながワッショイ!!
     \\  しんげんワッショイ!! //
 +   + \\ けんしんワッショイ!!/+
                            +
.   +   /■\  /■\  /■\  +
      ( ´∀`∩(´∀`∩)( ´∀`)
 +  (( (つ   ノ(つ  丿(つ  つ ))  +
       ヽ  ( ノ ( ヽノ  ) ) )
       (_)し' し(_) (_)_)


109 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/08 20:39
そういえば、「第六天魔王」って何だろ?情報きぼんぬ。


110 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/08 22:29
>>104
何で私にそんなこと言うんですかね。
言いたい事が分からない?
あなた日本語分かります?今までの私のレスを全部読めば分からないはずはない
ないんですが。


111 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 22:51
>>102
信長を「不当に悪く言っている」人なんていないでしょ。
信長を「過剰評価」してる人はたくさんいるけどね。

>それに人物として、私は信長の方が信玄や謙信より上だと思いますね。
>信玄や謙信ははるかに保守的で、とても天下を取って混乱を収めるだけの
>やり方を持っていなかったと思います。
>別にこれは公平な評価だと思うんですけどね。

思いっきり「主観的」な評価じゃん。全然公平じゃないよ。
公平だと思うなら、具体的に書かないと。


112 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 23:01
>110
あなたこそ日本語分かります?
ほんと何をいいたいのかわからん。


113 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 23:04
天下人の器じゃないから本能寺で討たれたのでは?


114 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/08 23:11
とは書いたけど、
器じゃなくても何の問題もないね>信長
113でした。


115 名前: 浄土真宗本願寺派 投稿日: 01/10/08 23:47
>>69大木さん、もう少しで完璧です。続きをどうぞ。

>>102さんは、総見公のご子孫ですか?


116 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 00:06
>>102
徳川家康はどうなるの?
言いがかりとしか言えない信長の命令で信康と築山殿を
泣く泣く殺しているじゃないか。


117 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 00:10
>>116
それは違う。
信康もしくはその周辺が謀反を起こそうとしたため、
家康は信康を殺した。
信長には娘婿である信康を殺すことの了解を取っただけ。
〜『当代記』『安土日記』などより〜


118 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/09 04:42
>>112
じゃあ、あなたでも分かるように箇条書きにします。
これで賛成か反対かはともかく、私の言いたい事がわからないようなら
本当にどうかしてますよ。

1、信長の残虐行為ばかり指摘して信長は悪人だと主張する武田研究家氏
らは私から言わせれば単なるアンチ信長である。
2、なぜなら大量殺人なら信玄も謙信も秀吉も家康も、ほとんどの戦国武将
ならしていること。たまたま敵や味方の数が多いから殺した数が多いだけ。
3、それをもって信長を悪人というなら名のある戦国武将はみんな悪人であること
をまず認めるべき。井沢スレだからというのは逃げ口上。
公平にやってるつもりならまずそこを認めてほしい。
4、さらに信長の大量殺人はほとんどが対宗教戦争であり、これには政教分離を
主張する信長と既得権益や自治権を手放そうとしない比叡山や本願寺が妥協
しない限り徹底的な殺し合いにならざるを得ないもの。
単なる戦国大名同士の戦いとは全く違う。
島原の乱など、宗教がらみの戦いはそうなるもの。
信長が特別に残虐というのはあたらない。
5、信長を悪人として叩くのは信長を善人と言うのと変わらない。
私はどっちでもないと主張している。
私から見ると井沢氏を叩いている人は信長を悪人呼ばわりしているようにしか
見えない。

余談ですが総見院の子孫じゃありません。
もう少し信長に対し正当な評価をして欲しいですね。
信長には確かに短所がありますが、長所も見て欲しいです。
信長嫌いの方からすれば私がマンセーにしか見えないんでしょうが。
とても公平な態度じゃないのは叩いているほうでしょう。
エセヒューマニズムより、信長がやったことの後世への貢献を
よく考えてください。


119 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 07:36
>>118
んで、見て欲しい信長の長所って何よ?
「井沢スレだから」は別に逃げ口上でもなんでもないじゃん。
その他の大名が話題に上らなかったのは井沢が扱わなかったから
ってのは普通だろ。井沢スレなんだからさ。


120 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 13:16
>>118
あなたでも分かるように箇条書きにします。
これで賛成か反対かはともかく、私の言いたい事がわからないようなら
本当にどうかしてますよ。

1、信長の大義名分ばかり指摘して信長は正当だと主張する井沢元彦氏
らは私から言わせれば単なる信長マンセーである。
2、なぜなら「大義」なら信玄も謙信も秀吉も家康も、ほとんどの戦国武将
ならもっていること。たまたま天下人にならなかったから「官軍」にならなかっただけ。
3、それをもって信長の殺戮を正当というなら名のある戦国武将はみんな正当であること
をまず認めるべき。信長が叩かれているからというのは逃げ口上。
公平にやってるつもりならまずそこを認めてほしい。
4、さらに信長の大量殺人はほとんどが私利私欲の侵略行為であり、これには天下人を
主張する信長と既得権益や自治権を主張しようという比叡山や本願寺が妥協
しない限り徹底的な殺し合いにならざるを得ないもの。
単なる宗教戦争とは全く違う。
信長が政治的に正しいというのはあたらない。
5、信長を天才として持ち上げるのは信長を馬鹿者と言うのと変わらない。
私はどっちでもないと主張している。
私から見ると信長を持ち上げている人は信長を善人呼ばわりしているようにしか
見えない。


121 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 13:28
>>118
あなたの書き込みを見ていると、やっぱりまともに歴史を知っている人とは思えない。
まず、宗教戦争というけど、それは武田研究家さんが指摘のとおり違うでしょう。
それに対する反論がなければ118の書き込みは全くの空論。
信長の大義しか認めていないから
また「既得権益や自治権を手放そうとしない比叡山や本願寺」というのでしょうが、
延暦寺や比叡山から見れば、信長が彼らの権利を奪い取ろうとしているに過ぎない。
信長のしたことが正しいという根拠をご提示してほしいね。
大体、島原の乱は宗教戦争じゃないよ。
島原の領主が、実質的な石高は三万石ほどであったにもかかわらず「9万4千」と申告、
つまり農民にしてみれば自分の食べる分を支払っても藩の収入にならなくて、
それじゃあ生活できないからって、やむを得ず反乱をおこしたの。
ただの宗教弾圧だと思っているお前さんは小学生並みの知能の持ち主だね。
ま、善と悪とか宗教の対立とか、単純化した歴史観がお前さんにはお似合い。
ウザイからどっか逝け


122 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 14:41
118はかなり筋金入りの井沢マンセーくんだね。
宗教戦争?ウププププ
なんせ逆説のポイントは宗教的、呪術的要素だからね。ハッハッハッハ


123 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 15:27
>>118
俺は信長嫌いじゃないけど、お前がただのマンセーにしか見えない。
いっとくけど俺らは信長を叩いているんじゃなくて井沢を叩いているの。
そんな簡単な事もわからんのかヴォゲ


124 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/09 17:16
ハァ?
全然俺が言わんとしてる所が分かってないね。
信長が正しいとも悪いとも思ってはいないよ、俺は。
何で正しいという根拠を示せなんて言ってるの?理解不能だね。
井沢がマンセーとも思ってない。
よく読んでくれよ。全然訳がわかんないこと言わないでさ。

信長がやったことは宗教弾圧じゃない。
なぜなら信仰自体は禁じていないんだから。
むしろ違うって言ってるのに何を考えているのかね、121は。
宗教戦争というのは、一方が宗教を抵抗の精神的な柱にした段階でそうなんだよ。
今のタリバンがイスラム教徒を味方につけようとしているのと同じ。
イスラム自体は別に邪教じゃないが、乗せられて反米デモをやってる
イスラム教徒は原理主義者と同じに思われる。
このままじゃイスラム教徒が乗せられてアメリカ対イスラムという図式に
されてしまう。そうならないためにはイスラム教徒が原理主義とは別だと
いうことに気づかなければいけない。

同じように一向宗徒は全部が狂信者なわけじゃないが、
本願寺や願証寺に乗せられて信長と戦った宗徒は狂信者同然。
彼らが信長の支配を認めるただの宗徒であれば殺されることはなかった。

島原の乱の講釈など言われなくても知ってるよ。
それでもキリスト教の信仰が反乱軍の精神的な柱だったことは
間違いないだろ。その時点で十分宗教戦争。
これに対しては皆殺し以外にないんだよ。
そうでなければ抵抗は続く。マインドコントロールを解かない限りね。
キリスト教がマインドコントロールしたって事じゃないよ。
天草四郎とそのブレーンがやったこと。

119は俺の言わんとしてるところを勘違いしてるから
全くの的外れな反論になってるね。
1、そりゃその通りだね。俺から言わせれば君達は叩き過ぎ、
井沢氏は悪いところを見ないのが行き過ぎ。
ずっとそう言ってるのに何で井沢マンセーになるんだい?
2、だから全部悪人じゃない、又は全部悪人てことになるだろって言ってんの。
善悪で言ってるんじゃないよ。論理の話。
俺は善人も悪人も歴史上の人物にはないと思ってる。
なんでそれが善悪とか単純化しているととるのかね、121は。
誤解するほうがウザイ。
3、全くその通り。俺は全然それに反対なんてしてないよ。
そうじゃないと思っていたならこれも誤解だね。
4、その通り。だが侵略が悪という考えがない時代に侵略した人間を
責める事は出来ない。その意味で信長も信玄も皆責めるべきではない。
5、信長を天才とは思わないが、優れた政治家であり、軍人でしょう。


125 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 17:41
レス番ずれとりゃせんか?


126 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 18:11
>>125
わざとやってるの♪


127 名前: 春曲げ丼 投稿日: 01/10/09 19:05
一体何を言っているんですか。
織田信長は「第六天魔王」でしょうが。
そして、
井沢元彦は「セクハラ大魔王」ですよ。
これは定説ですよ。定説。


128 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 19:07
↑ ヴァカ降臨。


129 名前: 名無しさん 投稿日: 01/10/09 19:28
井沢のセクハラ大魔王疑惑か。
銀座に行って、50万円で俺の愛人になれよ
と言ったことでしょ。
いくらバブルがはじけたからといって
銀座のねーちゃんを50万円で愛人にしようとする
なんてせこすぎる。


130 名前: 春曲げ丼 投稿日: 01/10/09 19:29
ダンケシェーン


131 名前: >>129 投稿日: 01/10/09 19:36
週刊ポストで1997年に連載していた有名人女装グラビア「たまゆら」で
井沢のネグリジェ姿とお姫様に比べたらw


132 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 19:36
ド素人丸出しで恐縮ですが
(しかも、スレ違いかも知れませんが)
このスレに書き込む皆様ならご存じかと思いますが
(以前NHKでも放送されていましたが)
最近の安土城研究から、従来とは違った信長像が
浮かび上がっていますよね。
 井沢氏はこの辺の事情についてこれから
触れていくのでしょうか?
 それから、自分はこのことについて通り一辺の事しか
知りませんので
どなたか詳しく知っておられる方がいらっしゃいましたら
意見をお聞かせ下さい。


133 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 19:38
げええええええええええええええええええええええええええええええ>131


134 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 20:52
織田信長とは、一体どんな人物だったのか。

結論:織田信長とは織田信長である。
    それ以外の何者でもない。
    事実は事実として受けとめる事。


135 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/09 22:15
さて、事実と何でしょうか?


136 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/10 00:54
とりあえず今週の分を。
(引用は今週の週間ポスト『逆説の日本史』より)

> そこで、今までの比較的おだやかな戦法を捨てて浅井領の村々を焼き払っ
>て、浅井長政を姉川に引きずり出すのには成功し……

時系列を無視した素晴らしい文章です。
この話は以前の「逆説」でも出ていましたがその時は解説をしなかった
ので、ここで解説しておきたいと思います。
『信長公記』からこの時の流れを拾ってみますと、
元亀元年
六月二十一日 信長、小谷城に迫り、城下及び周辺の村々に放火。
六月二十二日 信長、小谷城攻めをあきらめ、田川を越えて南に退却。
        (この時に浅井軍の追撃を受けるが撃退している)
六月二十四日 信長、横山城攻めを開始。徳川家康が合流。
        (横山城は小谷城からみて姉川を挟んで反対側にある)
六月二十六日 朝倉軍が小谷城に到着。浅井軍と合流、大依山に布陣。
六月二十七日 浅井・朝倉軍は早朝に陣払いを始める(ように見えた)。
六月二十八日 浅井・朝倉軍、姉川の対岸に現れる。姉川の合戦へ。

さて、城攻めに当たって城下に放火するのは実は誰もが行なう常套手段で
あり、信長自身、これ以前から何度となくやっていることです。
もちろんこういった行為には挑発の意味もあるでしょうが、井沢氏が言うほど
特別なことではありませんし、実際この時は浅井長政はじっと城で
耐えています。
井沢氏は放火と姉川の合戦を結び付けていますが、それはかなり無理があり、
浅井長政は「放火に対して城から出て来た」のではなく、「横山城救援の
ために城から出て来た」と見る方が上で書いた流れとも符合すると
いうものです。


137 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/10 00:55
> 善住坊も、六角承禎にえらばれるぐだいだから、名人だったろう。
>「二つ玉(弾丸が二発)」というところに御注目願いたい。
>この時代の火縄銃はすべて先込めの単発銃であり、二発続けて撃
>つことは不可能だ。それでも二発撃ったということは、あらかじめ火縄を点
>火した銃を二挺用意しておいた、ということだ。
> そんな「名人」が十二間つまり約二十二メートルの至近距離から狙撃し
>たのに、かすり傷で済んだというのだ。

井沢氏はもう少し砲術の勉強をするべきですね。
『信長公記』に「二ツ玉にて打ち申候」とあり、「にて」という表現は
「二つ玉」という方法で射撃したことを示しています。
でこれはどんな射撃法かといいますと、銃身に小さ目の玉を二発、紙で
包んで装填する方法です。言うなれば「散弾」の発想でしょうか。
当時の火縄銃というのは破壊力はあっても命中精度が低く、
雑賀衆の一人で佐武伊賀守というものが敵を10間まで引きつけてから
狙撃した話を書き残していたり、あるいは西洋の火縄銃が60フィートで
かなり大きな目標に当てることが出来たという記録があることなどから、
狙撃が可能な距離は18メートル程度であったと考えられます。
となるとこれを越える距離で確実な命中を狙うのは難しく、善住坊も
それを知っていたからこそ「散弾」で狙ったのだと言うことになります。
「日本初のスナイパー」というネタは井沢氏にしては面白いですが、
細かい知識の誤り、古文献史料すら訳せない実力の露呈など、ネタを振った
ばかりに墓穴を掘っているようにも思えてなりません。


138 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/10 00:56
> …ちなみに領国を離れ遠征してきている朝倉軍にとっては、
>この決定は渡りに船だった。というのは、朝倉兵というのは兵農分離してい
>ない軍隊だから、農業労働力として必ず国へ戻さねばならないが、早くしな
>いと本国の越前(福井県)は雪に閉ざされてしまうからだ。ここでも信長軍
>との差が出た。

さてこの文章とこれより前に書かれている講和の話、実は論理的に破綻
しています。
ヒントは「雪」です。
つまり、雪が積もっている間は農業なんて出来やしないのです。
農業するために撤退するのであれば、雪が融けてから国に帰ればいいのです。
百歩譲って朝倉軍は後進的な農兵軍団で、織田軍だけが先進的専業兵士軍団で、
しかも朝倉軍の兵士たちは雪が積もっている中で何か農業するのだと仮定
しましょう。
それならば、信長に急いで講和する必要はありません。
朝倉軍はそのうち撤退するでしょう。二万とも言われる朝倉軍が抜ければ、
北方は万全です。
それから取って返して三好軍を撃破すれば、信長の一人勝ちです。
あるいは三好軍も農業するために本国の阿波に帰るかもしれません。
そうなると信長は何もしないで勝てることになります。
兵農分離が真実本当ならば、このような結論になります。
井沢氏は、どう考えたのでしょうか。


139 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 08:52
age


140 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 09:25
これはもう勝負あったな。
所詮は3流週刊誌の連載。
主な購買層である、歴史好きなサラリーマンオヤジが
ヘアヌードやリストラ記事に飽きた時の箸休めみたいなもんだよ。


141 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 11:52
>140
そういうこと。
その程度のものにいちいち目くじら立てるなんて
ヴァッカみたい。
自分より格下だと思う相手の間違いを指摘して楽しむのは
余程の悪趣味か僻みか実は妬みか。


142 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 13:22
>141
それを言ってはオシマイのような・・・。
いやまあ確かにそうなんだけど。

ただ、武田研究家さんの書き込みは色々と参考になるから、
できたら今後も読みたいなあ。


143 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 14:04
>>118=124は、腐儒さんじゃないとしたらPAKUか2mだな。


144 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 14:12
>141
どうしても自分の方を振り向かせたい女(男)の嫉妬のようなものかな。


145 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 14:40
118も武田研究家に対して嫉妬しているとしか思えない
知識ある人はつらいですね、研究家どの(w


146 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 14:51
でもさー、「二つ玉」に関する記述とかは明らかに間違いなんだから
連載の中で訂正すべきじゃないの?
少なくとも本で出す時には訂正すべきでしょう。
司馬遼太郎さんも間違いは適時ちゃんと訂正しているよ。


147 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 15:13
>>146に賛成。井沢は間違いを認めようとしないから、たちが悪い


148 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 15:23
>147
具体的にはいつ誰にどのような間違いを指摘されて
それを認めなかったのですか?


149 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 15:44
>>148
アホか。昔掲示板で武田研究家・パンダ・雪狼が暴れていたの見てない?
具体的に示せないほど回数が多いんだよ。
お前さんみたいに何も知らない井沢マンセーは、
井沢の間違いに気づかないで上記3人が間違っていると思い込んでいるだけ。
とにかく馬鹿を相手にしても仕方ないから失せなよ、PAKUさん。


150 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:08
>149
アホではありません。
見てません。
具体的にとは言いましたがすべてとは言っていません。
井沢マンセーではありませんし、
あなたほど思い込みも激しくありません。
ところで、PAKUさんって誰ですか?
あまり恥ずかしい書き込みはされないほうがよろしいかと。


151 名前: 123 投稿日: 01/10/10 16:24
>150
148は恥ずかしい書き込みではありません。
思い込みも激しくありません。
あなたは過去に私に返答していません。
あなたは井沢マンセーに見えますし、
武田研究家ほど知識ある人ではありません。
ところで、あなたは何様ですか?
井沢板過去ログも見ないで勝手な書き込みをしないほうがよろしいかと。


152 名前: 123 投稿日: 01/10/10 16:25
149だった、スマソ


153 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:29
>>148
掲示板で指摘されても井沢は見てないだろ
つーかお前変な人だね


154 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:32
パンダ(?)がどこかで直接指摘したけど、無視されたとか・・・?


155 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:33
武田研究家さん、面白かったよ!また来てね


156 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:35
>153
掲示板で指摘されても見てないと思うのなら
間違いを認めないことにはならないでしょう。
事実を知りたいと思うとなぜ変な人になるのでしょうか。
あなたにお前呼ばわりされる覚えはありません。


157 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:37
昔ながらの正式な手続きを踏んでの意見は、なされていないかもしれんが
今のこの時代、本人の公式HP上での議論は十分に考慮すべきじゃないのか?
一般読者の意見を広く聞きたいからHPを開設したんだろ?
井沢さん、最初の頃は「逆説」のあとがきで、そういう意味のことを書いてたぞ。
ところがだ、意見を聞くどころか逆切れして、いつのだったか、あとがきで

自分が展開している「逆説」の意図や趣旨を理解もせずに
細かい点を挙げてグダグダ言うのはやめてもらいたい

と書き放ってたもんな。これは明らかにKANAKさんやAwajiさんのことでしょ。
まさか井沢さんも2chを見るほどヒマじゃないだろうけど
もしどこかで小耳にでもはさんだら、
少しは自分の姿勢を考えてもいいんじゃないのか?


158 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:41
>>151 は、わざと誰かさんの文体に似せて書いてないか?(ワラ〜


159 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:44
>>157
で、意見の相違ではなく具体的に明らかな間違いって何?


160 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:48
>156
文章が変


161 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:49
>160
読解力が変


162 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:52
「逆説の日本史」著者井沢元彦氏の不幸な点

援護射撃をする人が基礎ができていない電波しかいなかったこと。

>158
直近の二つ玉の例で十分じゃない?
過去にも明らかな史料の誤読を指摘されてたやん。


163 名前: 162 投稿日: 01/10/10 16:56
すまん・・158ではなく159じゃ。


164 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/10 16:57
>>143
そのどれでもありません。
と言うより今までネットに書き込みしたことはありません。


165 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 16:59
>>162
本人に対して
明らかな間違いを
はっきりと指摘したにもかかわらず
それを訂正しないのは
問題です。


166 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 17:02
>165
具体的にはいつ誰にどのような間違いを指摘されて
それを認めなかったのですか?


167 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 17:04
>>162
やはり井沢にとって安住の地はKOEIしかないという事か


168 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 17:09
定説・通説マンセーおたく VS 異説・珍説マンセーおたくの戦いってことね。


169 名前: 162 投稿日: 01/10/10 17:15
>166
ちみ、昔の井沢掲示板を知らないの?
そりゃー歴史のことだから100%間違いですよ!っちゅうわけにはいかんけどさー
史料の読みかたとか、その解釈については色々あったぞな。

>具体的にはいつ誰にどのような

あ、井沢さんにも、そういう執拗で緻密な探究心があればのぅ・・・

>167
俺は、一般向けのセミナーとか講演会向きだと思うよ。


170 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 17:17
とんでもないのがいるね。(♥


171 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 17:37
>>164
初めてのネットでの書き込みが2ちゃんだなんて!
素晴らしい!!
しかも引用符「>>」も正確に使いこなせている!!!
あなたは天才だー!!!!


172 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/10 18:00
>>171
メールはやってるし、それぐらいは
パソコンに強い友人から教えてもらいますよ。


173 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 18:17
>>172
「初カキコが2ちゃんねる」というのがすごいってことでしょう。
それより、まともな話し合いをしたいなら井沢板に行ったほうがいいと思うよ。
ここは井沢叩きの場、信長について普通に論じてもしかたない。
それを理解しないと生きていけないんだな〜。
もちろん井沢を擁護しうる材料があれば、話は別よね。


174 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 23:48
>>138に関して井沢に不利な証拠。
上杉謙信は秋に関東に出陣して関東で冬を過ごし、春に越後に帰っていた。
同じ雪国の朝倉家ならば同じ事が出来たはず。
井沢危うし!


175 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 23:52
関東で冬を過ごしたねぇ。。。


176 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/10 23:55
>>172
ウソつきは鬼に臍を取られますよ。


177 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 01:05
>>174
>>138氏が取り上げた井沢さんの文章をものすごく好意的に受け取れば、
「雪に閉ざされる前」つまり秋=刈り取りの時期までに帰って、
急いで稲刈りをやってしまおうという意味ではなかろうか?


178 名前: 森田一義 投稿日: 01/10/11 08:00
>174
上杉軍は関東で略奪と奴隷狩りに励んでいたそうで。
端境期に食(職)をもたらしてくれる謙信は、越後人に
とって英雄だったらしい。関東の人間にとっては大迷惑
だけど。

>177
んなこたぁーない。元亀元年の場合、和議が成立したのは
12月になってから。当時は旧暦だから、真冬もいいところ。


179 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 09:51
>これは明らかにKANAKさんやAwajiさんのことでしょ。
同一人物じゃん、藁


180 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 09:55
>>177
戦を始めたのが旧暦で9月。和議が12月。
刈り入れが終わってから出陣してきて、雪を掻き分け掻き分けしながら
帰ったことになる。


181 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 10:19
昔の農業は今のように機械化されていないから
むしろ女手の人海戦術でも出来たって話もあるよね。


182 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 10:23
最近の逆説は支離滅裂で研究家さんらの解説が無いと読むに耐えない。


183 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 11:52
>むしろ女手の人海戦術でも出来たって話もあるよね。
そんな話は聞いたことがない。。。


184 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 12:19
としさん、荒らしたらダメですよ〜


185 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 12:47
いや、狼さんにも参戦して欲しいものだが。


186 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 14:30
話が関ヶ原に移ったら、また雪狼さんと輔住さんが活躍すると思ふ。
しかしそれまで長い年月がかかりそうだ(W
多分信長だけであと1年は続く。
ところでパンダさんはどうしたんでしょうね。


187 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 16:25
井沢の信長電波はいつになっても終わんないだろうね(藁


188 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 22:54
従五位甲斐守一条六郎 武田信長


189 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 23:04
伊予守南部又次郎 南部(武田)信長


190 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/11 23:05
>>188-189
誰や?


191 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/12 16:38
今日はずいぶんマターリしてるね


192 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/15 10:30
月曜age


193 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/15 21:37
週間ポストで連載中の、山科けいすけの「お仕事しなさい!」に出てくる「西郷課長」
あれ井沢氏がモデルだって知ってた?


194 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 00:12



195 名前: PAKU(本物) 投稿日: 01/10/16 00:15
大木=Aikoh
いいかげんにしろよ!ねてろ、あほ


196 名前: 酔っぱらい 投稿日: 01/10/16 00:37
いや〜、荒らし規制のおかげで、過去スレとがいしゅつネタスレばっかになっちゃったね。
それでも「日本史板御三家」の「井沢元彦スレ」は井沢氏(と井沢マンセー)が電波を出し続ける
おかげでちっとも終わる気配はなし。研究家さんの井沢氏の間違い探しはめちゃくちゃ面白いし、
研究家さんに質問する人たちもそれなりに礼節わきまえていて面白い。
それに研究家さんにケンカ吹っかけるたのも電波だしまくりで大笑いさせてもらったしね。
秀吉や関ヶ原以降は雪狼さんや大熊猫さんも参加しそうだし、いやはや楽しみ(うふ)


197 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 01:19
おお、PAKUさんご本人も復活!!めでたいめだたい。

しかし・・・AIkou氏が一向宗ちゃんをやりこめたとは思えませんが。
まあ、あまり喧嘩腰にならない方がいいですよ。
また揚げ足取りばかりする連中もいますからね。ご用心下さい。


198 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 01:49
どうせ偽物だ。放置。


199 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/16 07:19
>>176
ホントなんですけどねえ。
2チャンがカキコデビューですよ。他の板ですが。
井沢氏のHPには書き込んだことがありません。
電波じゃないと思うんですが。
全然真正面からの反論が未だにないですね。
私が何か事実に反することを言いましたか?

それと訳のわからない人の名前出して一緒にしないで欲しいです。
AIKOUというのは誰ですか?


200 名前: 200 投稿日: 01/10/16 10:59

200ゲットォォォォ!!ッッ痛?!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄       (´´
     ∧∧   )      (´⌒(´
  ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
        ̄ ̄  (´⌒(´⌒;;
      ズザーーーーーッ



         ∧∧
        (ДT ;) ちんちん擦っちゃった
         U  ヽ
         . 〉 ノノ~
          ∪∪


201 名前: 通りすがり 投稿日: 01/10/16 15:40
>>199
いや、じゅうぶん事実に反しておる
武田研究家さんの指摘にまともに答えないのは貴君じゃろ


202 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 17:18
武田研究家さんには、投稿を続けてほしいけどなあ。

普通、あまりにも馬鹿らしいし時間の無駄ということで、
学者はあまり相手にしないし、相手にする学者は、同
業者から格下云々・・・・・なんて冷ややかな目で見ら
れているのかもしれないけど、一般人にも分かりやすく
批判することは必要だと思う。


203 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 21:26
昨日発売された 別冊歴史読本「危ない古史古典」で、
われらがセクハラ大魔王様のおバカ発言に大笑い〜(*^O^*)
「秀真伝」や「東日流外三郡誌」を評価していやんの(大藁×n


204 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/16 21:40
196 名前:りえぞお :01/07/11 20:31

いざわの「い」の字は「いぼぢ」の「い」〜 ウエヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ


205 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 00:03
| 忍者参上!
   レ-----------
   ∧ ∧
  (@゚Д゚)
 と/ ∀ (つ ―――――((卍))
  (-∞_ブ
  (,/          シュッ シュッ


206 名前: 武田研究家(脱力) 投稿日: 01/10/17 02:39
今週の『逆説の日本史』……何だかな……
まずは先週の追加。
井沢氏は信長を狙撃した「杉谷善住坊」を根来衆だと書いていましたが、大き
な誤り。先週の内に指摘しておくのを忘れてました。「二つ玉」の方を優先して
しまったので。
で、杉谷善住坊ですが、これはそのまま甲賀五十三家の一つ、杉谷氏の人間で
すね。
杉谷与藤次の息子だと伝えられていますが、井沢氏は恐らく根来寺の子院の一
つ、「杉ノ坊」と間違えているのだと思われます。

で、今週の分。
今回は前半は歴史ifネタなので突っ込むも突っ込まないも無し。
勝手に妄想しててください。
後半も踏み込んだ内容は特に無し。

> 信長は正月早々、近江姉川を封鎖し、越前の朝倉氏および一向一揆と、本
>願寺・浅井氏などとの連絡ルートを断った。個別撃破には、まず相互の連絡
>を断ち、それぞれの勢力を孤立化させることが重要だ。

この文章、何だか意味不明ですね。姉川を封鎖したという話自体も初めて聞き
ますが、それが私の勉強不足だとしても、姉川を封鎖して朝倉氏と浅井氏の連
絡が断てるなんて有り得ませんからね。
浅井氏の本拠地である小谷城は姉川より北。越前はさらに北。姉川を封鎖して
両者の連絡が断てるかどうか、井沢氏はとりあえず地図を見てみるべきでしょ
う。

> しかもこれは、長島一向一揆が、先に信長の城(尾張小木江城)を攻め、
>信長の実弟信興ほか多くの家臣を殺したことに対する報復であることは、前
>に述べた通りだ。

以前は信長の理想のためだとか狂信者は殺す以外にないとか書いていたのに、
結局は報復ということで落ち着いたと(笑)


207 名前: 武田研究家(脱力) 投稿日: 01/10/17 02:40
最後に一つ、事実云々ではないけれど、どうしても言っておきたい部分が。

> ここにいたって、石山本願寺の宗主顕如は、反信長の態度をあきらかに
>(中略)
>(『日本の歴史11 天下一統』熱田公著 集英社刊 傍点引用者)

> この日夜半、雨のふりしきるなか、本願寺の宗主顕如は
>(中略)
>(『大系日本の歴史8 天下一統』 朝尾直弘 小学館刊 傍点引用者)

> 以上のように、信長と本願寺の大血戦「石山合戦」は本願寺側から仕掛け
>たものであることは、歴史上の確たる事実なのである。

他人の書いた歴史書を引用して「確たる事実なのである」と言えるんだったら、
『逆説の日本史』なんて意味ないじゃん(笑)
ま、細かい部分は次週以降にやるだろうから、その時にでも。


208 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 08:57
ここでいっちょ、井沢擁護をしてみるか。

>>206
姉川封鎖の件でございますが、これは・・・(苦笑)
週間連載なんだから、ネタに困ることもあるんですよ。
気は乗らないけど書かなくてはいけない・・・作家は苦しいのです(苦笑)
報復の件は、今最も熱い時事ネタですから・・・(笑)
どなたかもおっしゃっていましたが、週刊誌の主な読者層にアピールするためにも
この語句を使いたいのですよ・・・ご勘弁を(笑)
根来衆の件も合わせまして(ここがポイント!)
氏の「逆説」の主旨に大きく影響する部分ではないので、ご勘弁を・・・(苦笑)


209 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 15:46
w


210 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 16:03
秀真はともかく、東日流は馬鹿にできないぞ。
あれと前後して華々しく世に出た藤村新一発見の
前期旧石器のことが全く書かれてないからな。
出雲の銅鐸や銅剣は実物が出てくる前に
東日流に書いてあったんだし。


211 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 16:05
>>199
だれもAikouとあなたを一緒にしていないよ(ワラ


212 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 16:53
>211
199はAikouなる人物が誰の事か分からんというレスを返すと思うよ。
>208
小さな事実誤認を繰り返していると(訂正しないでいると)
本物の狼が出た時に誰も相手をしてくれない。
井沢先生が一番良くご存知のはず。


213 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 20:07
>>199
あいこうのことを知りたいなら井沢板の過去ログを見なさい


214 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/17 20:58
おっ、武田研究家さんの書き込みだ。
メジャー週刊誌での連載、単行本も結構売れているみたいだから、
格下だろうがなんだろうが、やはり批判は必要だと思うなあ。

研究者の中でも、逆説の古代史編の怨霊説などの主張は取り上げ
ていた人が少なからずいたのに、戦国時代編の主張を取り上げた
人は見かけないなあ。取り上げるに値しないということかな。


215 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 00:17
>>215
いやいや、故・足利健亮教授がいましたぞ。
岐阜や安土の地名の語源など、結構井沢氏を意識して書いてましたからな〜


216 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 00:37
>>210
平成になってから発見された分には書かれてる・・・


217 名前: PAKU(本物) 投稿日: 01/10/18 01:18
大木さんよ
お前2mちゃんと遊んでたAIKOUと一緒って
自分でカミングアウトしてたじゃん。
しかも不倫どうのこうのでよ、、、、
訳解らん書き込みしてさ、最近も武田さんに「ひんしゅく」
かってるようだけど変わってないねー
アホはアホだわ。


218 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/18 05:36
>>217
AIKOUも大木も違うんですけど。
どちらも井沢板の人なんでしょうが、見たこともないんで。

>>214
特に新説は言ってませんからね。
確かに「逆説」にはなっていませんな。
通説に異議がないならどんどん飛ばせばいいと思うんですが。


219 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 14:27
>>218
だからだれも、あんたが大木あるいはAikouだなんていってねえだろ。
書き込みをよくみろ。まともな会話の出来ない奴だな。
あと、PAKUなんか放置しとけ。


220 名前: 219だが 投稿日: 01/10/18 15:25
>>通説に異議がないならどんどん飛ばせばいいと思うんですが。
同感。でも井沢は信長のことを書きたくてたまらないようだね。


221 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 15:29
まったくだ・・・
何が何でも逆説で日本史全部を語らないと気が済まないのだろう。


222 名前: 大木 投稿日: 01/10/18 19:34
言いがかりつけるなら一向宗ちゃんを見習っとくれ。じゃなければお相手しません。

え〜と、元末期の「一向宗」、紅巾賊(白蓮教徒)の異名、でよろしいかな?


223 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 20:01
>>218
なんでもいいから、個人のHNつければ間違われまい


224 名前: PAKU(本物) 投稿日: 01/10/18 20:04
どこまでいってもアホだなー
武田さんの邪魔だから早く消えてくれ。


225 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 20:10
>>218
「初心者」ってのはどうよ?


226 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 21:56
>215
ふむふむ、そうでしたか。
足利さんの著書は図書館でざっと読んだことはあったのですが、
一度精読してみる必要がありそう。

>214
通説とはいっても、やたら古臭いもののように思えますので、
研究者の皆さんも突っ込みがいがありそうですけどねえ。


227 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/18 21:57
上の投稿、>214 宛てではなく、>218 宛てだす。


228 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/19 02:38
>>132 134
真相は・・・・・・・・・信長=粂


229 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/19 14:44
100人に聞きました。
「PAKUと大木さんと、どっちがアホだと思いますか?」

大木さんに投票、1%(PAKU)
PAKUに投票、0%
無回答、99%

無回答の理由
「PAKUはアホではなく馬鹿」99%


230 名前: PAKU(本物) 投稿日: 01/10/19 23:05
俺は馬鹿だけどよ、
何食わぬ顔をして投稿してる大木が許せねーんだよ。

お前、2mと意気投合してたAIKOUだろ?解ってんだよ。
管理人に聞いたからよ、ネタはあがってんだよ!


231 名前: 大木. 投稿日: 01/10/19 23:21
>>230

>管理人に聞いたからよ、ネタはあがってんだよ!

ほお。管理人てだあれ?どこでネタがあがってるのかしら?うふ♪


232 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/19 23:36
馬鹿からかうのはよしなよ、大木さん(笑)
それより、織田家は何宗だっけ?


233 名前: 大木 投稿日: 01/10/19 23:43
>>232
禅宗。といっても曹洞宗と臨済宗に分かれてる。


234 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/19 23:50
あ、だから織田無道が臨済宗の寺の住職なわけなんスね。納得。


235 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 02:18
>織田無道
あぁ、「私は霊力を持ってない」と公言しながら霊能力者としてTVに出演するあの人ね(藁

スレと関係ないんでsage。


236 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 02:18
「霊力」は「霊感」の間違い。


237 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 10:17
>>PAKU
あなたのほうが邪魔です。スレを荒らさないでください。心よりお願いします。


238 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 11:40
話を元に戻そう。
石山本願寺の開城後、信長対本願寺派の対立はとりあえず解消されたわけだけれど、
それに対して信長は秀吉みたいに本願寺の「大檀越」になったのかな?


239 名前: Э 投稿日: 01/10/20 11:40
そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。
このあいだ、籠城したんです。備中高松城。
そしたらなんか羽柴筑前守の軍勢が遠巻きに堰堤を築いてるんです。
で、よく見たらなんか立札が立ってて、軍資金で土俵を買い上げる、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、中国攻め如きで普段してない水攻めしてんじゃねーよ、ボケが。
水攻めだよ、水攻め。
なんか黒田官兵衛とかもいるし。一族郎党率いて土木工事の護衛か。おめでてーな。
よーし船沈めて足守川の流れ変えちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、オレが切腹するから城内の人間の命は助けろと。
攻城戦ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
攻撃側がいつ嵩にかかって力攻めをしかけてきてもおかしくない、
攻め潰すか、大量の死者を出すか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。宇喜多勢はすっこんでろ。
で、やっと講和の条件がまとまったと思ったら、安国寺恵瓊が、輝元様、吉川殿、小早川殿のお三方は切腹を許しておらぬ、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、きょうび政治的配慮なんて流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、輝元様、だ。
お前は本当に毛利家の外交官なのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、筑州に鞍替えしたいだけちゃうんかと。
中国の律儀者の俺から言わせてもらえば今、もののふの間での最新流行はやっぱり、
小舟の上で自刃、これだね。
敵、味方両軍固唾を飲んで見守る中、舞を披露。然る後、殉死をかって出た実兄月清、毛利方の軍監、末近殿と最後の盃を酌み交わす。
これが通の今生の別れ。
小舟の上で自刃ってのは悲壮感が多めに入ってる。そん代わり忠臣として後世に名を残す。これ。
で、二人の最後を見届けてから一息に腹掻っさばく。これ最強。
しかしこれを行うと毛利方の所領十ヶ国のうち半分の五ヶ国を織田方に割譲せざるをえないという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前、1は、蜂須賀小六にでも調略されてなさいってこった。


240 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 15:08
井沢氏は信長の「高野山焼き討ち計画」について言及するかな?


241 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/20 15:20
>>239
オチがイイ!(・∀・)


242 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/23 00:26
月曜あげ


243 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/23 18:49
今週の逆説、神田千里氏の論文の丸写し・・・
鈴木眞哉氏のときと同様(呆れまくり)


244 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/23 20:28
>243

今週の逆説はまだよんでいないのですが・・・・

鈴木眞哉氏の著作を丸写ししたことってありましたっけ?


245 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/23 20:31
井沢氏が神田千里氏の論文を読んでいるとは、意外でしたねえ。

信長については、大昔の著作以外はほとんど読んでいないのかと
思っていました。


246 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/23 21:46
>>244
いや、鈴木眞哉氏の「天下人の条件」の題名を剽窃している。
しかも「天下人の条件」が絶版になってるのをいいことに
「逆説の日本史 天下人の条件編」と・・・
内容は、鈴木氏の内容を丸写しどころか(それならまだ井沢氏を評価できたが)、
信玄が天下人になれなかった理由が「旧体制に取り込まれた」だと(絶句)

>>245
井沢氏が引用した「一向一揆と真宗信仰」は、まだ昭和の頃に出版された本だから・・・
その頃は井沢氏も他人の意見に耳を傾ける謙虚さがあったんだが・・・
それで小林惠子なんぞに引っかかったりしたしねえ・・・懐かし


247 名前: 244=245 投稿日: 01/10/23 22:31
「天下人の条件」というのは、割と思いつきやすい語句のようにも思います。
ただ、本当に剽窃したのなら、大問題ですねえ。
信玄が旧体制に・・・・というのも、どうなんでしょうね。信玄の種々の政策を
もって「旧体制に取り込まれた」というのなら、信長だってよほど「旧体制に
取り込まれた」と思うのですけどねえ。結果的に、信長が義昭を追放して幕府
体制を否定したことから、予定調和論的に「最初から信長は幕府と将軍の権威を
利用するだけのつもりだった」とするのは、どうかと・・・・。

井沢氏は、神田氏の著作では、『信長と石山合戦』なんて読んでいないのです
かねえ。まあ読んでいたら、刀狩で民衆の非武装化が達成されたなんてことは
書かないのでしょうけど。


248 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/24 00:12
>>247
鈴木眞哉氏は私が影響を受けている歴史家の一人ですから、
強い憤りを感じます。(以前にも書きましたが)
氏の著作は内容は良いもののあまり売れないようなので
是非、新刊の『謎解き・日本合戦譚』(講談社)を
買ってあげてください(笑)
しかし同じタイトルでも内容は全く逆。
見事なものです…

>予定調和論的
ある意味、唯物史観ですね。

今週の『逆説の日本史』…解説する必要あるかな?


249 名前: 244=245=247 投稿日: 01/10/24 00:29
>武田研究家さん

鈴木氏の著作は、最新の『謎とき日本合戦史』の他に何冊か持っています。
『天下人の条件』は、図書館で読みました。私も、結構強い影響を受けて
います。

ひょっとしたら、「天下人の条件」というタイトルが単なる偶然かなあと
思ったのは、逆説を読むと、井沢氏が鈴木氏の著作を読んでいるとは思え
なかったからなんですよね。まあ、タイトルだけ知っていたという可能性も
ありますが。


250 名前: sin 投稿日: 01/10/24 11:32
質問のレス違いなんですがどうしても長年の疑問があるのです。信長は、足利義昭
を追放しましたが、どうして監禁しなかったのでしょうか?結局、義昭は毛利にいきに、
毛利に大義名分のようなものができてしまったし、第2次のぶなが包囲網ができてしまった。
大学の教授に聞いたらわからないといわれてしまいました。ここにくる人は、レベルが
高いと思うので、詳しく説明してくださいおねがいします。


251 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 14:06
もし「最初から信長は幕府と将軍の権威を利用するだけのつもりだった」なら、
逆説5巻の平将門と源頼朝を論じているところの言葉を借りると、
信長は「潔くない」ということになるね。


252 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 14:54
>251
でも多分、理想社会を作るという大義名分があった、なんて
言って、「潔くない」とは決して言わないんだろうね。


253 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 15:22
>>252
それならそれで、最初から将軍を潔く否定すればいいものを……

>>250
1.理由はどうであれ、信長はあとのことを考えていなかった
2.監禁されたが、義昭は信長の警備をかいくぐって逃げた
3.明智光秀あたりが義昭を逃がした。つまり信長は部下に裏切られていた

好きな説を選んでください。
いずれにしても、信長の落ち度の一つと見て間違いないですね。

ところで日本史板の司馬遼太郎スレッドに、
>小説家の評価は、小説の売れ行きに≒。
と書いてあるぞ。歴史評論も同様の理論が言えるはずで、
つまり井沢は鈴木氏よりも優れているということに?


254 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 15:32
>253
感想と評論はそもそも違うと思われ。


255 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 15:43
>250
信長は、義昭の子息(後の義尋)を人質として押さえていて、
天正三年頃までは、「大樹(将軍)若君」として庇護・推戴し、
ことあるごとに同道している。(藤田達生『本能寺の変の群像』)

信長は、義尋という切り札を持っているから、あえて義昭を殺害
したり追放したりする必要はないと判断したのではないかと思う。

またこのことから、天正三年頃までは、信長が室町幕府体制を必ず
しも否定していなかったことが分かる。


256 名前: 255 投稿日: 01/10/24 15:45
おっと失礼。
>255の「追放したり」は「監禁したり」の間違い。


257 名前: 協力しよう! 投稿日: 01/10/24 16:26
くそガキ共の情報お待ちしております。
世間を震撼させた事件の犯人を実名で公開しております。
http://topia.yam.com/home/aoiryuyu/pages/index.html


258 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 16:27
http://www.f2.dion.ne.jp/~impact8/


259 名前: 井沢信者 投稿日: 01/10/24 18:31
井沢元彦ってダメな人だったんですな、ここ読んでショック受けました。
まあ、武田研究家さんも「逆説」の批判本やパロディ本出せばいいんじゃ
ないですか?きっと、井沢も初心に帰ると思いますよ。

資料云々は大目に見てあげたらいいじゃないですか、オリジナルなんて
何千年も前に出尽くしているんだし。その後は先人の研究を剽窃するこ
との繰り返しを学問と呼び習わすようになったんですから。

最後に、信長を貶めたり、過大評価したりでここの方々は議論なさってお
られるようですが、破格の人ってことではだめなんですか?
誰だって地元の偉人はマンセーしたいもんだと思うのですが……。


260 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 19:02
だいたい、作家によって独自の信長像ができるんだけれど、
井沢氏の場合、信長を過剰に評価するあまり、井沢版「信長像」がよく分からない。

@天才(紙一重で狂人):上杉謙信タイプ
Aおまぬけさんでお人好し:足利尊氏タイプ
B努力型の秀才:武田信玄タイプ
C単なるバカ:織田信雄タイプ
D慎重で小心:徳川家康タイプ
Eイケイケで破滅:豊臣秀吉タイプ

最近の逆説では「信長はいい人」なんて言ってるし。
作家というより信長様教の広報部長。もう矛盾しまくり。


261 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 19:11
>>260
F瞬間湯沸器:浅野長矩タイプ(藁


262 名前: 井沢信者 投稿日: 01/10/24 19:20
信長は多面的な人だった、てことで……。
信玄だって多面的な人、謙信も多面的な人……。

乱世の魔王と罵られる人物が茶道や幸若舞の愛好者。やっぱり破格の
人だったんだ!


263 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/24 19:57
世界史板のモンゴルスレよりマジレスコピペ。
598:世界@名無史さん :01/06/02 00:05
「織田信長も豊臣秀吉も大元ウルス再現の夢を見たのか?」

599:世界@名無史さん :01/06/02 00:11
非漢民族王朝による「中華秩序」の再構成か。宮上さんが書いてたね。
信長や秀吉なら、五山僧らが吹き込んでいても決して不思議じゃない。
立川真言流や「ダイミン=カアン」の例もあるし。


264 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/25 00:34
>>249
鈴木氏の著作ではまだ下戸関連のやつを読んでないなぁ…
他は一通り買うか借りるかしたけど、できれば全て買い揃えたい。
いざという時に手元にあると便利ですからね。
とりあえず『紀州雑賀衆鈴木一族』を書店で探さないと…

井沢氏がもし『天下人の条件』を読んでいたとしても、
信長信者の氏にはとても容認できる内容ではないはず。
対抗意識を燃やして「天下人の条件」を使ったのかも(笑)
ま、もし読んでいたらあんな駄文は恥ずかしくて書けないでしょうけど。

>>250
『信長公記』などを読むとあくまでも信長が義昭を「逃がしてやった」、
つまり、信長が義昭を追放したという形になっています。
が、実際には毛利氏のもとに身を寄せた義昭に対し、信長は秀吉を
通して京への帰還を促しています。
(義昭が色々と条件を付けたので実現はしなかったが)
そこで考えられる可能性は
1.義昭を「逃がしてやった」というのは建前で、実は「逃げられた」
2.義昭を「逃がしてやった」ものの、まさか毛利氏に身を寄せて
   御内書を発して反信長勢力を煽るとは考えもしなかった。
のどちらかでしょう。
1の場合、これはかなり納得。
2の場合、信長は馬鹿ですな。


265 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 01:42
>>研究家さん
私はAを取ります。それでこそ信長様(笑)


266 名前: 日本@名無しさん 投稿日: 01/10/25 10:12
>>265
そういう信長への悪意に満ちた言い方こそ
私がずっと批判してきたものです。
もう少し公平に見てやったらどうでしょう。

信長は政治家として、戦略家として当時ずば抜けていたと思いますが、
この人の最大の弱点は人間の持つ感情というものを軽視していたことでしょう。
勝ち目がないから歯向かうはずがない、
恩をかけてやったし自分についてくれば勝者になれるのだから
裏切るはずがない、という合理的な思考で
保守層や宗教への帰依が深い人の感情的な反発を
軽視しすぎた感があります。
荒木村重や松永久秀、そして明智光秀に裏切られるという失敗は
それが原因でしょう。

>>250
義昭の旗印としての価値を軽視していたんでしょう。
とりあえず息子を傀儡にしておけばいいぐらいにしか思わずに。
彼自身が足利将軍の権威を全く信じていなかったから
他人への影響力があるとは思っていなかったんでしょうね。
そういう人間の感情への洞察力の欠如が
信長の最大の弱点でしょう。

他の武将にそういうところがなかったとは思いませんけどね。

信玄が義信と対立しあれほどの大粛清事件になったのも、義信の
妻とその実家である今川への親愛の情を軽視しすぎて
今川を攻め取ることは他と戦うよりはるかに容易であるという
合理的な戦略思考を推し進めたからだと言えますし。
明敏な人ほど陥りやすいとも言えるでしょう。

にもかかわらず、信長が天下布武を推し進めてあれだけの成功を収めたのは
彼の政戦の才能がずば抜けていたんだと思います。


267 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 10:40
>266
こういう場で馬鹿という言葉を平気で使う・使える輩に
ろくな奴はいないということで。


268 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 15:07
>>266
>彼自身が足利将軍の権威を全く信じていなかった
ほぉ〜それでは義昭を利用して京都に上洛した理由は?
信じていないのなら擁立する意味もないと思うはずだがね。
あと「将軍の権威」によって信長包囲網が出来たのに、
影響力がないと思っていたとはどういうこと?

>荒木村重や松永久秀、そして明智光秀に裏切られるという失敗は
>それが原因でしょう。
何度も裏切られているのに気づかないとは、進歩のないお方ですね(w

これは貴君の説が穴だらけだからツッコミまくりということであって、
信長が実際に馬鹿だということではない。
俺は信長マンセーでもないが、信長の実力は相当に評価するほう。


269 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 15:15
>>268
ただの揚げ足取りだね。


270 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 16:15
>>269
ただの負け惜しみだね


271 名前: 井沢狂信者 投稿日: 01/10/25 16:16
>>267
歴史に名前を残すようなひとは、大抵ネジがはずれているようなタイプの
ひとが多い気がします。
馬鹿もひとつの誉め言葉だと思いますが。

井沢氏の粗探しや、資料の誤使用の指摘、あからさまな勘違いへの反
論は決して間違った行為ではありませんが、セクハラ大魔王などと彼の
プライベートな面への攻撃や人格の非難はやめてほしいです。
彼の行っている仕事は日本史の通史を作るということなので、その中で
も戦国の世を終結に向かわせ、世界との交易を夢見たという信長の存在
は他の国の歴史で言えば、トルコならケマル=パシャ、ドイツならフリー
ドリヒ大王といった大物と同列の扱いで当然だと思います。
だから信長編が長いだの、逆説じゃないだのと文句をいうような人たち
は、もう一度自分の歴史観を見直したほうがいいと思います。
井沢氏は決して逆説だけで歴史を語る、とは言っていないでしょう?


272 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 18:10
>271
信長編こそ、「逆説的」な論旨を展開するに相応しかったと思うのですが。
それが、現在では概ね否定されていたり疑問が提示されている陳腐な見解に
基本的に依拠しているから、批判されるのは仕方がないかと・・・・。

兵農分離・楽市楽座・鉄砲の運用など、信長の事績とされていることに
ついて、学界の最近の研究動向はさておき、一般に浸透している見解に
対しては、十分「逆説的」な見解を披露できた筈だと思うのですが。


273 名前: 井沢狂信者 投稿日: 01/10/25 18:39
>>272
当時の新しいアイデァを節操無く、なんでもかんでも採用するというのは
かなりの先見性があると思います。
信長オリジナルとは井沢氏も言ってなかった気がします。運用の仕方と
適地適作の精神が評価されていると私は思っています。
岩手や愛媛の山奥で楽市・楽座を実行しても効果は上がりませんよ?

三段撃ちの胡散臭さとか言われていますが、結局川中島の戦いとかと
一緒で誰も本当のことは判っていないと言うのが辛い所です。
きっとアレクサンドロス大王がペルシアを破ったのと同じような感覚で後
世に語り継がれていきます、三段撃ちが。鬱ですね。


274 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:04
いやね、私が言いたかったのは、信長オリジナルかどうかと
いった問題ではないんですけどね。

楽市楽座や兵農分離についての意義を、問い直してみては
どうかというわけでして。後者について言うと、織田政権下
での兵農分離の進展を否定する見解も提示されています。


275 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:17
それから、織田領の拡大について、鉄砲の役割を強調する
のはどうでしょうか?

そもそも、織田氏の鉄砲装備と運用が他大名に秀でていた
という証拠なんてあるのかなあ、と思うのですが。大友氏なんて、
国力と時期を考慮すると、織田氏以上に鉄砲導入に熱心だった
なんて評価もできるかもしれません。まあ、史料に記載されて
いる数字を鵜呑みにはできませんけどね。
何と言うか、あまり鉄砲の役割を強調すると、かえって信長を
貶めてしまうのではないかと。

こうしたことは、鈴木眞哉氏の『鉄砲と日本人』を読むと、色々と
参考になると思います。


276 名前: 井沢狂信者 投稿日: 01/10/25 19:28
>>274
はあ、そういうことでしたか。兵農分離はどうやっても完璧に実行するの
は無理でしょ、どんな王朝も最初は郡国制になるわけですし。信長の下
に大名(諸侯)と直参(母衣衆みたいなもんか?)がいるってことですから
ねぇ。大名にそんな金求めるわけにはいきませんね。

そういえば、井沢氏がいつも言ってましたね。自分の見解では農繁期に
無職の人雇って仕事与えて、農閑期に農民使うという併用策だったから
信長はいつも戦っていられたと思っているんですけど。無理ありますね。

楽市楽座は六角辺りがオリジナルでしたよね。ああ、俺も光栄ヲタだ…


277 名前: 井沢狂信者 投稿日: 01/10/25 19:35
鉄砲については餓鬼のころ、横光の武田信玄読んで大名みんな新兵器
の開拓に熱心だったんだなぁ、と思っていたので信長の専売特許とは思
いませんでしたよ。
地元は岩手の花巻ってとこなんですが、関が原の折伊達の扇動した国
人一揆を花巻城主が鉄砲の空砲で撃退したという話が残っています。
鉄砲の使い方も、人それぞれってことで……。


278 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:46
井沢狂信者さんへ
「セクハラ大魔王」とは、「朝日新聞の正義」で、
井沢先生ご自身が「結構気に入ってるんですよ」とおっしゃられてませんでしたかな?


279 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:55
>274
兵農分離や傭兵の問題については、藤木久志さんの『雑兵
たちの戦場』が示唆に富んでいると思います。

そもそも、兵農分離とは何か?ということを問い直してみたら、
色々と面白いことが見えてくるのではないかと・・・。まあ、大変な
難問なので、私もよくは理解できていないのですけどね。


280 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:55
>279の書き込みは>275宛ての間違いです。


281 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:56
うげっ、また間違った。

>279の書き込みは>276宛ての間違いです。


282 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 19:56
井沢狂信者氏は伊達政宗ゆかりの花巻出身ですか。
そういえば井沢氏も仙台ゆかりの方でしたね。
井沢氏は伊達政宗をどう書くのでしょうかね。
「東奥老士夜話」とか・・・


283 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/25 20:30
だいたいにして兵農分離ってのが誤解され過ぎですな。
武士を農業から引き離して専業兵士にしたとしても、それだけじゃ
兵力がまったく足りない。中間・小者・足軽などの従者クラスまで武士階級に
含めた江戸時代ですら武士人口は全体の7%しかいない。
(平和で生産力の高まった江戸時代ですらこれだけしか養えないのだから、
仮に信長が戦国時代に同じことをやればもっと数字は減るだろう)
このうち老人と女子供を除けば戦闘に参加できる人間は
人口に対して1.5%以下であったと言える。
戦国時代の兵力は1万石あたり250人が通説だが、実際の軍役では
300人の例が多い。この場合、軍役で動員する兵力は人口の約3%。
この差である1.5%以上は農民などに一時手当て(一日あたり五合)を
払ってあてていた。これが秀吉の時代。
一日五合、つまり一年で一石八斗を以って「傭兵制」だとのたまった人物も
いるが、江戸時代の御庭番衆が年三石の扶持(給料)で生活が苦しかったという
ことを考えればあまりにも少ない。つまり、職業兵士などではありえない。
よって、秀吉の時代ですら全軍を「専業兵士」になぞ出来たわけではなく、
まして足軽・雑兵クラスに給料を払った記録すらない織田信長がそのような
ことをやっていたと考えるのはあまりにも無理がある。

>>276
楽市は真宗系寺院の寺内町がオリジナル。楽座は楽市の中では外の世界の
座の特権が適用されないというもので、座の廃止などではない。
六角氏や今川氏、あるいは織田氏の安土を除く楽市令は、
既にそこにあった楽市の特権を認めるというだけのものである。
また逆に特権を認められなかった元・楽市なども存在する。
寺社の勢力が武士と対等レベルから武士の支配下の存在へと変化していった
流れを示しているといえるであろう。


284 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 21:02
>武田研究家さん
楽市楽座についても、そういう視点で述べていけば、一般での理解に対して
十分「逆説的」になったと思うのですけど。勝俣鎮夫さんの「楽市場と楽市令」
なんて、格好の元ネタになりそうなんですけどねえ。

兵農分離について書こうとしたけど、うまくまとまらなかった・・・・


285 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 21:13
>>25
広沢真臣が江戸城放棄論と会津藩寛典処分論を主張したのは何故なのですか?


286 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 21:14
↑すれ違いスマソ


287 名前: 井沢狂信者 投稿日: 01/10/25 21:26
>>282
花巻は南部の最南端です。それと伊達は大河ドラマ効果が大きすぎま
す。事跡を辿ると結構お茶目な失敗が多くて笑えますよ。花巻に手ぇ出
して、関が原後にちょっと領地減らされたはずです。

>>283
日本は傭兵が馴染まなかったんですね。中国もヨーロッパも兵士は給
金貰った食い詰め物ばっかりというイメージしかなくて、日本でも土地失
なった人がいて、それら流民を兵士にして半兵農分離ぐらいにしか考え
ていませんでした。上杉謙信は関東や信濃に奴隷狩に行っていたぐらい
だから、そういう土地から切り離された人間が生まれていてもおかしくな
いと思ってました、猛省します。


288 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 01/10/25 22:07
>287
臨時雇いの流動的な「傭兵」はいたようですよ。詳しくは、
『雑兵たちの戦場』を読んでいただくとよくお分かりになるかと。

それでまあ、戦国時代には軍役を満たすために臨時雇いで
凌ぐというのはよく行なわれていたようですね。そうした方が
安上がりですから。

ただ、これが行き過ぎると、大名の側からすると困るわけで、
やはり知行高に応じて常日頃から配下の充実に努めていて
ほしいわけでして。

佐久間信盛が追放された時、「よき人をも拘へず」云々なんて
言われていますが、当時の事情を考えると、その意味がよく
分かるのではないか、と思います。
確か前田利家も、常日頃よりよき人を召抱えていろ、と家臣を
叱責しています。


289 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/25 23:02
>>288
佐久間や前田の例はちと違うのでは?
あれは直轄地ばかり増やしてないで有能な配下を登用して知行を
与えろということで、足軽・雑兵まで含めた「専業兵士軍団」とは
また違うでしょう。

「傭兵」の話ですが、何も全否定はしませんよ。
武田家にも「牢人衆」がいましたからね。でも数は数百程度。
主力主流たり得る数ではありませんから。
また武田家の例だと商人だの禰宜だの足弱だのよくわからん奴だのを
雇って軍役の数を合わせることを戒める命令が出ていますね。
まあ地方の領主にすれば普通に農民を動員すると武具を貸し与えて
食糧は自分持ちでその上戦死されると自分の収入が減るわけですから、
どうでもいいやつにメシだけ食わせて数合わせしたい気持ちも分かりますし、
実際にそれをやる領主が多かったから禁止してるんでしょうけど。
それが軍の中核を成す事はありえないわけですから、「専業兵士軍団」だの
何だのまでつなげるのはちと無理があるというわけですな。


290 名前: 無名武将@甲陽鎮撫隊 投稿日: 01/10/25 23:20
>>288さん、「よき人をも拘へず」
これは信長に対する不平分子(たとえば信長な