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よろず駆け込み寺
1 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 02:56
ここでは、幅広いテーマで議論や雑談を交わしたいと思います。
社会教育・自然科学・政治・経済や旅行・スポーツ・音楽といった話題まで
なんでも結構です。すべてに回答できるとは限りませんが、ご了承
願います。
2 名前:
景気回復をしても
投稿日: 2000/01/22(土) 04:16
たとえ一年後に景気が回復しても
以前のように就職状況が改善されると思いません。
そう考えると、この先お先真っ暗というかんじで、
また、努力はせねばいけないのでしょうが、
いまいち踏み込んで頑張ろうという気が起こりません。
現状打破も大事ですが、国の労働に対する施策を
もっと根本から見直して、新産業の育成、例えば、
情報関連などに力を注ぎ込むのではなくして、
減反などの農業の後退を招くような施策を取り止め、
こういう分野を活発なものに育成して来るべき
人口増加による食糧難に備え、違う意味での先見性を
持った施策を行なって欲しいものです。
今のままでは、情報関連企業ばかりが脚光を浴び、
限られた階層の人しか労働できないと思います。
万人が満足できるような労働行政を行なって欲しいと
思うのですが、立花さんはどうお考えでしょうか?
3 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 05:16
@国の労働に対する施策を根本から見直すために、「情報関連に
力を注ぐのをやめる」のは矛盾していると思います。
問題はその力の注ぎ方や方法論であって、そこの改善策を探る
ことが重要になるのではないでしょうか。
農業の後退について言及されてますが、より問題となる点を
相続税との関連で説明します。日本の相続税の中心は不動産です。
但し、例外が農業や漁業です。相続後30年間農業をやれば相続税は
免除です。しかし、税務署員は30年も見張っていないので、これが
ザル法になっているのです。たとえば東京近郊の農家で資産が
2億円を下回る人はいません。当然、相続税の対象となる額です
4 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 05:16
Aしかし、後継者が農業をやると相続税はかかりません。
実際に、東京の農民の80%以上が年間出荷額10万円以下なのです。
つまり、10万円以下の商売を継続していても、それが農業ということ
なら約2000万円の相続税(資産価値2億円の場合)が免除されるのです。
栗などを植えて適当にやっていれば課税が免除になる現行制度は
改め、是正しなければなりません。念のため述べておきますが、
私は「税の問題として重要だ」と指摘しているのです。税の世界に
おいては「実質的に同一の経済利益はその形態如何にかかわらず
同一の課税を受ける」という「公平の原則」を貫くことは、何よりも
重要なのです。
5 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 05:17
B「情報関連企業ばかりが脚光をあびている」ことが「限られた階層の
人しか労働できない」とはならないと思います。
工業化革命のとき、自動車産業が脚光をあびました。それは、暮らしに
直結する便利な道具であったからです。インターネットを通したIT革命と
いうのも、おそらくそれに近い現象です。
(但し、投機のための株価急騰現象は例外)
資本主義経済とは何をやってもいい経済ではなく、市場で評価される企業
だけが生き残っていくわけです。そして、民主主義を掲げる政府は
マジョリティ・インタレストを求めて、解決策を見出していくのです
6 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 05:18
C現在は、その過渡期だと思います。景気が回復しても就職状況が
よくはならないのでは、とおっしゃいますが、未来予測は困難です。
むやみに「努力せよ」とは言えないのですが、あまりに悲観的で、
将来を過小評価しすぎではないかと思います。
7 名前:
ごめん、質問
投稿日: 2000/01/22(土) 05:20
橘隆志ってほんものですか。
ほんものだったらレス全部読むよ。
8 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/22(土) 09:30
立花隆さんホンモノですか?
9 名前:
たけ坊
投稿日: 2000/01/22(土) 10:42
週刊文春のリレー形式の書評欄、楽しみにしてます。
立花さんが、最近読んだ本で、ジャンルを問わず、
お薦めのものがあったら教えてください。
10 名前:
質問です
投稿日: 2000/01/22(土) 15:52
こんにちは、立花先生
私は、20歳の学生です。
立花先生は、20代のころは、どんな青年でしたか?
20代の夢は、実現できたのでしょうか?
先生の情熱の核となっているものは、なんですか?
とても興味があります。ぜひ教えてください。
11 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 21:54
>7,8
当たらざるも遠からず、でしょうか、、。
>9
私が最近面白いと思ったのは科学雑誌「ネイチャー」に
掲載された遺伝子関連の論文です。医学の分野で再生治療が
どのように活用されるかに注目しています。
あと、最近ではないですが、
加藤紘一氏「今、政治は何をすべきか」
竹村健一氏「孫正義 大いに語る」この二冊は目を通しました。
まずは、ご自身の専門分野に関する書物をたくさん読むことを
お薦めします。
12 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/22(土) 21:54
>10
私の20代は、日本列島全体が大きく変貌した時代です。
世界では米ソ対立が続きましたが、フルシチョフとケネディの登場で
冷戦構造が変質しました。また、ベルリンの壁構築、キューバミサイル危機
ケネディ暗殺などの事件が続き、アメリカはベトナム戦争に深く介入し、
のちのアメリカ社会に深い後遺症を残しました。私自身は当時、ノンポリ
でしたが、友人達は連日デモに出かけ、警官の放水に水浸しになって
帰ってきました。夢が現実化しているかどうかわかりませんが、確実に
仕事の「核」となっているものは知的探求心だと思います。
頑張ってください。
13 名前:
クレーム
投稿日: 2000/01/22(土) 22:45
レスの内容はまともに見えるけどやっぱり
ニセ立花隆のような気がするな。
ほんものなら言いたいことがある。
いろんなことに興味を持ってやっておられるようだが、
なんというか物事の本質的なことに近づくと
そこ迂回してぐるぐるその周りを回っているだけの
ような印象を受ける。
哲学的なことに興味があるならもっと真正面から
ぶつかっていったらどうか。
その結果気が触れても構わんじゃないか。
人間の精神の限界というか闇みたいなものに
限りなく近づいていくようなことをやってもらいたい。
14 名前:
IQとEQ
投稿日: 2000/01/23(日) 14:03
こんにちは。立花先生。
私は21歳の学生です。
先日、東大の学生と話す機会がありましたが、非常に違和感を覚えました。
単純に言うと、「嫌な奴」という印象でした。
彼らのIQは高いかもしれないが、EQは低いような気がします。
私は、社会で成功するためには、能力(IQ)よりも態度(EQ)が
大事ではないかと思っています。
先生は、社会で活躍するためには、IQとEQのどちらが重要だと思いますか?
15 名前:
東大生
投稿日: 2000/01/23(日) 16:30
立花先生じゃないけど通りがかったので。
悪いけどこういうことを言うのは情けないことだと思う。
IQでかなう自信がないからEQという別の尺度を持ち出しているように見える。
君が嫌味だと感じた東大生と同じ穴のムジナじゃないかという印象を受ける。
僕は東大生に関して別の危惧を持っている。
EQというのと関係あるかどうかはわからないが、
彼らが物事を見る際、かなり偏った見方しかできていないように感じられることだ。
受験オタクが増えたために記述試験方式で世の中の問題
を解釈しようとする傾向が非常に強いように感じられる。
でも、これは東大生に限ったことじゃないと思うけどね。
日本の文部省による教育全般の問題だと思う。
いつまでたってもIQとかEQとかヨソから与えられた尺度に
頼りたがる傾向は今の日本人に非常に大きいと思う。
尺度はある一面しか示さないから身長とか体重の値くらいに思えばいいと思う。
社会で活躍するというのは会社で管理職以上になるというようなことだと思うけど
それだったら偏差値ほどには東大は圧倒してないと思う。
かなり出世してる東大生が多いのは間違い無いと思うけどね。
そういうやつはIQ、EQ両方とも高いんじゃないか。
研究職、官僚ではかなり東大の独壇場になってるんじゃないかな。
君は誰かにEQが高い方が社会で成功すると言われて
もし自分のEQがそれほど高くないことがのちのち判明すれば
それで納得して社会で活躍することをあきらめるのか?
それともまた何か別の尺度を持ち出そうとするのか?
社会で成功するための条件は社会から最悪のレッテルを貼りつけられても
屈しない執念みたいなもの持っていることだと思うよ。
偉人伝とか読めよ。
立花先生もこう答えるんじゃないかな。
ちなみに立花先生も東大卒だよ。
EQ、IQよりもどんな仕事がしたいかが大事なんじゃない?
16 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/23(日) 16:39
>14.15
2つのカキコを見てるとどうやら15の方が正しく感じられるね。反論できない。
でも人を見下したようなな書き方は気に入らないなぁ。
ということは14さんの言ってることも正しい
・・・処理不能
17 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/23(日) 17:12
>15
読後感が非常に悪いように感じます。
まるで、正座させられてお説教されてるような。
残念ですが、この文章を書いた人が性格が良いようには思えません。
EQが低いって、こういうことじゃない?
18 名前:
俺も一応東大生
投稿日: 2000/01/23(日) 17:49
>14
彼らのIQは高いかもしれないが、EQは低いような気がします。
私は、社会で成功するためには、能力(IQ)よりも態度(EQ)が
大事ではないかと思っています。
こう決め付けられちゃうとやっぱり違和感を覚えるね。正直、IQと
学歴だってそんなに直接的に結びついてるとは思わないし、ましてや
社会に出て活躍するかどうかはさらに学歴とは関係が薄いと思う。
大学は入ってからどういう過ごし方をするかが重要だと痛感してる。
ほんと、東大入って4年間何してたの?って人もいっぱいいる。
俺もその点かなりあやしいよ。今はまだ就職とか昇進とかで有利な
ところもあるけど、それもだんだん風通しよくなってくはずだし。
だからこそ、「東大生」というだけで十把一絡げに「EQが低い」
とか「高飛車だ」とか必要以上に反発してしまう人も、東大を
鼻にかけてる人と同レベルに感じられちゃうな。能力があって人格も
できてる本当に凄い奴がたくさんいることも事実だからね。
横レス失礼。
19 名前:
>15
投稿日: 2000/01/23(日) 18:00
>研究職、官僚ではかなり東大の独壇場になってるんじゃないかな。
それは確かにおっしゃるとおりですが、
東大出身の方がどれだけ日本のために貢献しているかは甚だ疑問です。
東大は日本の最高学府とは言っても、世界的に見ればなまだまだマイナーな存在ですし、未だに自然科学の分野でノーベル賞受賞者が出ていないのは、ちょっと
情けないと思います。
20 名前:
14です
投稿日: 2000/01/23(日) 18:13
東大生の話を出すのは、よくなかったようですね。
15、18の方、気を悪くさせて申し訳ございません。
立花先生の掲示板を汚してしまったようです。お詫びいたします。
掲示板には、抽象的な話題が向いているようですね。
この話題は、これで終わりにさせてください。
どうかよろしくお願いいたします。
今後、人の気分を害するような書き込みをしないように気をつけます。
どうもすみませんでした。
21 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 18:56
>14〜19
@受験勉強に偏った現在の教育体制に対しては、批判は多いです。暗記・詰め
込み中心、得点のための技術偏重、個性や創造力を奪う、等々。
また、包容力・決断力など指導者に必要な能力が受験勉強では培われないと指摘
されます。さらに試験では、多様な才能のごく一部しか見ていないとも言われる。
これらは大筋において正しいと思います。
受験の弊害は「知的活動」という狭い範囲で考えても、受験中心主義には大きな
バイアスがあり、まず「問題を探す能力」がなおざりにされます。試験問題には
必ず答えがある。しかもそれは比較的単純できれいな形をしている。しかし、
現実世界の問題には答えがないものがある。学者になると「問題を探す能力」が
必要なのです。また、「何が重要か」を見抜く能力も、試験では直接には問われません。
入学試験では範囲を逸脱した問題は出題されない。そして、受験では時間制約内に
答えを出すことが絶対条件である。そのため、即答能力が要求される。
しかし、未知の問題に対処するとき、すばしこさは時として弊害となる。
このように考えても、「知的活動」という狭い範囲においても、受験戦争に
勝ち抜いた者が、必要な能力をもってるとは限らないのです。
22 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 18:56
A受験体制のいまひとつの弊害は、教育システムが乱されることです。
現在の受験体制では、多くの地域で中学入試が重要なポイントになっている。
また、このエントリーポイントもますます低年齢化している。
しかし、小学生(あるいはそれ以下の児童)では将来について具体的な目標や
意欲を持つのは困難ではないかと思う。そこでは親の半ば強制的な教育方針に
支配されてしまう。
23 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 18:57
B学校教育の問題は、受験体制だけでなく、社会の要請にあわないカリキュラムも
問題だと思う。東大入試を例にとっても、はたして古文や漢文を入試で課す
必要があるかどうかも疑問に感じる。古文の場合、文法があまり論理的では無く
しかも時代によってかなり違うので思考力の訓練にならないでしょう。漢文を
返り点をつけて訓読するのは日本独自の方法なので、現代の中国人との
コミュニケーションに役立たない。むしろ、これらは教養として鑑賞することを
勧めたい。学歴万能主義が批判される。しかし、問題の根幹は労働市場の閉鎖性に
あるでしょう。だから、学歴社会を打破しようとすれば、労働市場を流動化させな
ければならない。こうなってこそ、さまざまな才能が評価される社会になるのでは
ないでしょうか。
24 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 18:58
C最後に述べたいのですが、親の所得や社会的地位、本人の容姿や体力など
勉強しても克服できない問題がある。しかし、社会活動の多くの分野で勉強の
成果はこれらよりもずっと重要な地位を占めている。しかも、勉強において、
うまれつきの能力は決定的な要素ではない。学歴社会や受験体制を批判する前に
まずこのことを認識して欲しいと思う。
私の周りには非常に高い能力をもちながら経済的な理由によって大学進学を断念
せざるをえなかった人がいる。だから、客観的な条件に恵まれながら、能力を
理由に勉強しない生徒の言い訳は認めたくない。大学に入ったとたんに勉強を
放棄する学生には、せっかく与えられた貴重なチャンスを無駄にするな、と
忠告したい気持ちです。
25 名前:
透明度
投稿日: 2000/01/23(日) 18:58
私は、組織には「透明度」が大事だと思ってます。
組織は、透明度が低いと信用されにくいのではないでしょうか?
例えば、霞ヶ関の官僚の人たちは優秀な人たちが多くても、
内部で何をやっているのか、国民にわからないので疑われる。
「組織の透明度が高い=信頼度も高い」
情報を公開しないで、国民の信頼を得るのは困難ではないでしょうか?
立花先生は、落合先生のスレッドで、大学の制度について提案してました。
大学側が、学生に情報をどんどん開示することで、お互いの信頼関係が
生まれるのではないでしょうか?
改善するなら、積極的な情報開示は必要不可欠だと思います。
先生は、組織の改善と情報開示について、どのようにお考えですか?
26 名前:
>21-24
投稿日: 2000/01/23(日) 20:40
で、立花隆さん、ホンモノなの。
レスの内容はマトモに見えるけど。
ホンモノならなんでこんなところにいるの?
ホンモノからこの2CH掲示板はどう見えますか?
あぼーんとかネカマスレッドとかどう思いますか?
27 名前:
立花先生に質問です。
投稿日: 2000/01/23(日) 21:24
日本の教育システムに数々の意見を出されている先生が、自分の子供さ
んを教育する上で、どのようなことを重要視されましたか?非常に興味があります。
28 名前:
サービス係
投稿日: 2000/01/23(日) 21:38
下のほうに落合信彦もいるし・・・。有名人なりきりスレッド
おもしろいからもっとやってくれ。でも立花さんとっても頭よさそう
ほとんど漢字だもんね。頭がいいってうらやましいなぁ〜
29 名前:
>28
投稿日: 2000/01/23(日) 21:44
ほんとだ。
どうして立花さんのレスが読みにくいのかなあと
思っていたら字数が多いからじゃなくて漢字が多いからなんだね。
30 名前:
だーいし
投稿日: 2000/01/23(日) 21:49
恋のダンスサイトは何万枚売れるのですか?
31 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 22:59
>25
@とりあげるまでもなく、情報化社会において、今後ますます情報の透明性は
重要なものになってくるでしょう。しかし、「透明性」と「正確度」は別の
評価で、必ずしも公開された情報が正しいものとは限らないため、利害関係を
もたない第3のチェック機構が必要になってくると思います。
かつて公的年金の財政構造について問題提起しました。世代によって受益と負担の
構造が大きく異なり、ある年齢より下の世代では、生涯の支払いが年金を超える、
との指摘です。しかし、厚生省はこの議論に対して、雇用主負担分を抜いて
収支計算するなど、小学生でも見抜ける粗雑なごまかしに終始していました。
あるいは「強制加入の年金だから、損得勘定はそもそも意味がない」との論評も
ありました。確かに強制加入の年金では、負担を避けられない。しかし、それは
あくまでも負担者が日本国内にとどまることを前提にした場合です。
厚生省は、年金を「世代と世代の助け合い」といっているが、それに安住するのは
甘い考えだと思います。(なお、公的年金に関する収支計算については1996年の
「経済白書」で取り上げられ、ようやくこの問題が真面目に認識された)
32 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 23:00
A話はやや飛躍しますが、過去にクリントン大統領に関するスキャンダルがマスコミを
賑わした。同時期、日本では金融再生関連法案に関する与野党合意がなされた。
この二つは、性格がまったく異なる事件で、単純に比較はできないが、情報の
入手の日米間の格差は大きかった。「ポルノ小説まがいの情報を社会一般に広く
伝達するのが有意義か否か」という議論はありうる。しかし、一国の大統領に関する
ことだから、まずは資料が公開されてるかどうかが問題なのです。
一方で、金融監督庁のホームページや大蔵省、日本銀行のサイトにアクセスしても
有用な情報は得られなかった。首相官邸のトップページには、金融の「き」の字も
見当たらなかった。以上のことから、正確な情報を提供できる場の構築が責務では
ないでしょうか。
33 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/23(日) 23:01
>27
知的環境(机・本棚など)と友人関係が重要だと思いました。
基本的な教育方針は、個性の尊重・他人への思いやり・学問する心の修得で、
「勉強」や「受験」そのものを目的とすることには反対です。
それと、あまりに期待を抱くのは、かえって子供に対して負担をかけるので、
そのあたりは心がけたいですね。
34 名前:
>33
投稿日: 2000/01/23(日) 23:23
間違ってたらごめんなさい。
立花さんのお子さんは霊能力らしきものを持っているという噂
を聞いたのですが。
真偽は?
35 名前:
情報の信頼性
投稿日: 2000/01/23(日) 23:32
>32
「正確な情報を提供できる場の構築」というのは、
具体的には、どのようなことを指すのでしょうか?
政府に不利な情報を、政府はごまかさずに開示しますか?
白書に記載されている統計は、政府の都合の良いように
修正されている可能性があると思います。
>31
「第3のチェック機構」とは、政府を監視するNGO団体のことでしょうか?
まず、霞ヶ関の内部文章を修正せずに公開してもらわないと、
NGOもチェックすることができないと思います。
第一に、透明性を上げること。
第二に、出てきた情報をNGOが検証する。
先生は、以上のような方法が良いとお考えですか?
36 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/24(月) 08:27
>35
ここでは、直接にNGOを指したわけではありません。
必ずや既存の組織にその役割を期待するだけではいけない。
たとえば、経済学の分野で学界と官界の人事交流は乏しいと言われている。
しかし、ここ最近は政府の審議会といった間接的な形ではなく、経済学者が直接
政策運営を主導する形もうまれてきた。日銀の金融政策の決定機関である政府委員会
審議委員に学者が選出されたことが、それにあたります。
ところで、一般に、政府が掲げた政策に、反対世論が形成されるまでには時間がかかり
専門的な知識を有していない市民には、それを評価する基準が難しい。
この役割を、新しいチェック機構で補おう、そしてその中心は学界から、というのが
私の提案です(「学界と政府の癒着が生まれる」との指摘もありえよう。しかし
それでは、堂々巡りの議論になりかねないので、そのあたりは考慮して願いたい)。
37 名前:
ロムラー
投稿日: 2000/01/24(月) 16:41
NPOとかNGOって非政府営利組織じゃないのー?
38 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/24(月) 16:50
立花先生へ、
私は大学生です。明日からテストです。
勉強する気がわきません。
どんどん馬鹿になっていくような気がします。
何もやりたくありません。
どうしたら良いのか教えてください。
39 名前:
>37
投稿日: 2000/01/24(月) 20:42
NGO=非政府組織
NPO=非営利組織
下記のURLを参考にしてください。
http://www.venture-web.or.jp/ecoland/brd-a-1.html
40 名前:
>36
投稿日: 2000/01/24(月) 21:07
こんばんは、立花先生。
先生の主張は、
「政府が掲げた政策を評価するために、学界を中心とした新しいチェック機構を作る。」
ということですが、質問があります。
私は、学界が中心ではないほうが良いと思います。
例えば、「難波金融道」に出てくるような金貸しのプロと、
温室育ちの学者では、法律に関する知識は全く違うと思います。
法律の抜け穴に詳しいのは、現場で働いている人間ではないでしょうか?
違法行為すれすれで活動するプロもいるでしょう。
プロとして働いている人に、政府の政策・法案を評価させるのが、良いと考えます。
法の抜け道に詳しくない人物に、どのような評価ができますか?
先生は、政策の欠陥を見つけるには、学者がふさわしいと思いますか?
41 名前:
脳死
投稿日: 2000/01/25(火) 04:32
についてお考えをお願いします。
私の聞く範囲では欧米では当たり前のことのように
なっているそうですが。
宗教的背景があるとも聞きました。
欧米では自殺は悪ゆえに尊厳死は認められないが、
脳死は人の死と認めているとか。
それから臓器移植とセットで考える傾向が強い
ようですが、それは危険な傾向ではないでしょうか。
ちょっと話は変わりますが、
友人の医者は脳死よりも高齢者医療の方が
はるかに焦眉の問題だとも言っておりました。
欧米のような宗教的背景のない日本人にとっては
脳死=死とは認めにくいところもあるような気もします。
高齢化社会を迎える日本人にとって
脳死や臓器移植についてどういう態度を持つのが
適切と思われますか?
42 名前:
死刑
投稿日: 2000/01/25(火) 04:42
について教えてください。
世界的に廃止の方向に向っているというのは
本当ですか。
先進国では日本とアメリカはまったく
そういう気配はないようですが。
死刑廃止というのは歴史的に見ての
潮流と言えるのでしょうか。
拷問や肉体的刑罰はなくなる傾向に
あるみたいですが。
個人的なイメージでは死刑の目的は
@刑罰を与えるA見せしめB被害者の報復感情
Cこの世から完全に切り離す(手におえないから)
ぐらいが思いつきます。
このうち、現代ではBのみが機能していると思います。
私個人としては犯罪者被害に遭ったことがないので
無理に殺さなくてもというのがホンネですが。
死刑廃止は刑罰の究極形態と言えるかどうか、
考えを聞かせてください。
43 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/25(火) 05:27
>立花隆はん(?)
音楽の話やけど
ワシもトム・ウェイツえらい好きや。
ワシのベスト3は
TOM TRUBERT'S BLUES
IN THE NEIGHBORHOOD
ANYWHERE I LAY MY HEAD
かな。
立花はんのベスト3教えてんか。
44 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/25(火) 12:44
>40
「温室育ちの学者」との評価をご指摘されましたが、これは一面的な見方だと思います。
確かに象牙の塔と化している学者は、存在する。ここで、私が指している学者というのは
そういった人々ではない(そもそも泡沫学者が選出されるとは到底思えない)
ところで、現場のプロというのは、企業の組織に属している人を指しているのでしょうか。
私は、これは(学界からの選出に比して)危険度が高いと考えます。なぜか?
それは、組織に属する人々は、第一に自分の会社に有利な政策しか評価しないからです。
そしてこれは、組織人としては普通の行動です。他方で、学界ではそれを行う
インセンティブが強くはない。
これまでに、大蔵省からの情報を得るために、金融機関はMOF担を設け、その意向を
伺った。これが癒着構造を生んだ根源であることは疑いない。
私は、法律のプロの方が直接政府を評価するのではなく、むしろ学界をサポートする形で
協力して欲しいと願っています。
45 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/25(火) 12:48
>41
「脳死」「臓器移植」についての議論は、大変デリケートな問題で、個人の世界観や
宗教観に委ねられ、絶対的に正しい答えを見出せないのが現状です。
しかし、先端的医学治療の発展のために私は次のように考えています。
現在、科学の最先端では、遺伝子レベルでの研究や、クローニング技術の研究がなされ
ている。基本的な研究目的というのは人類を地球上でどう生き延びさせるか、ということ
です。クローニングのテクノロジーを使って、人間の臓器を移植できる可能性は多いに
あります。で、これをやるべきかどうか。(クローニングといっても人間全体を作る必要は
ないわけです。それはちょっと危険だと思います)
私だったら本能的に次のように考える。自分の子供が交通事故にあって、足を切断(テンプ
テーション)しなければならなくなった。これを一生そのままにしておくか、それとも
そういう技術で再生させてやるか。私なら当然もどす方を選ぶ。それが非常に重要だと思うから
そういうテクノロジーは発展させるべきだと思うのです。
これを踏まえると21世紀は科学者の倫理がこれまで以上に大事になる。研究者が一時的に
暴走する可能性は否定できません。ガイドラインや法律で対応することになるでしょうが、
ルールは科学的に、事実に即して作らなければならない。情緒的なルールは科学の抑圧に
つながり、健全な発展を阻害すると思います。
46 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/25(火) 12:49
>42
死刑制度が廃止の方向に向かっているというのは正しい見方ではないでしょう。
その制度の肯定側の意見として一般的に挙げられるのは、「犯罪抑止力」です。
つまり、廃止にしたことによって、犯罪が助長されるというわけです。
現在の日本の法律で、「死刑制度」は存在する。
しかし、これが円滑に機能しているかどうかといえば、率直にいって疑問無しと
しない。憲法第九条を取り上げるまでも無く、日本国で憲法を改定することは
非常に難しいのです。だから、私は法律的に完全に「廃止」にする主張に賛成は
できません。とにかく死刑制度が刑罰の最終形であることは間違いないでしょう。
47 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/25(火) 12:57
>43
ポピュラーミュージックに限って言えば、ビートルズに
ビーチボーイズ、エルトン・ジョンが好きです。
ベトナム戦争や人種問題の深刻化を背景とした60年代の米国の社会情勢を
体験した世代にとって、これらの音楽は共有すべき想い出となっています。
ジャズソングやクラシックにも好きな曲はたくさんありますが。
48 名前:
流れ者
投稿日: 2000/01/25(火) 14:22
> 立花さん
先日はいろいろありがとうございました。
脳死に関連したことなのですが、現在の医療発展はめざましいものがあり、かつては助けられなかった命も生き延びされられるようになってきました。これはいいことだとは思います。
一方で最近クローズアップされてきた「高次脳機能障害」というものがありますが、これは、脳にダメージを受けてしまった方に起こるもので、リハビリを受けて外観上は正常に戻ったように見えても、記憶障害や情緒不安的なところがあり、社会の中で「普通の生活」ができない状況であると言うことです。外観上は正常であるため、障害手帳が受けられない、社会認知が低いために就職できない、そのため社会復帰できないと言う状況が生まれています。以前は、これは心の問題として片付けられましたが、最近になって、これは脳に受けた物理的な損傷のために引き起こされるということが分かってきました。なので、いくらメンタル面で患者に対して励ましをしたところで、患者本人はどうすることもできず、患者のご家族も非常に精神的に大きな負担を抱えてしまうという悪循環を生んでいるようです。
このような状態になった場合、どのように接することが最善の策なのか分かりません。非常に長い時間をかけて見ていくといっても、ご家族の方の心労は大きくなるばかりです。私の友人もこの状態にあり、ご家族と私の意見が食い違いを見せ始めています。
これについて、どのようにお考えでしょうか。
49 名前:
童貞野郎
投稿日: 2000/01/25(火) 16:21
立花さんは、たしか本名のほうは橘ではなかったでしたっけ。違っていたらごめんなさいね。
50 名前:
40です
投稿日: 2000/01/25(火) 21:44
こんばんは、立花先生。
レス、ありがとうございました。
確かに「温室育ちの学者」という表現は適切ではなかったと思います。
訂正させていただきます。
先日、徳島市の吉野川河口堰の住民投票が行われましたが、
住民投票を実現させた計画反対派の中心人物は、弁護士の方だったと記憶してます。
私の意図するプロとは、このような方のことです。
組織に属した人物ではなく、独立して活動している人と学者が
一緒に政府の政策を評価することができれば素晴らしいですね。
しかし、その学者は行動する人であって欲しいのです。
例えば、吉野側河口堰の問題を現地に行かずに、マスコミのデータだけを元に語るような
学者では、前述の弁護士のような方と意見が合わないと思います。
「行動する学者」と「独立したプロ」を中心とした第三のチェック機構。
これが、良いのではないでしょうか?
51 名前:
訂正↑
投稿日: 2000/01/25(火) 21:49
「吉野川河口堰」ではなく、「吉野川・第十堰(ぜき)可動堰化計画」でした。
訂正します。
52 名前:
(^o^)スマイル
投稿日: 2000/01/25(火) 22:14
全国の練成道場→
http://www.sni.or.jp/honbu/html/act_j02.htm
富士河口湖道場→
http://www.mfi.or.jp/snifuji/
宇治道場→
http://uji.sni.or.jp/
有り難い御講話→
http://www.sni.or.jp/honbu/html/act_j.htm
書籍→
http://www.ssfk.or.jp/
http://www.ssfk.or.jp/nkydata/nky8.htm
53 名前:
こんばんは
投稿日: 2000/01/25(火) 23:59
立花さんに「環境問題」に関するご意見をお聞きしたいのですが。
地味なテーマで恐縮です。
オゾンホール、温暖化、砂漠化、森林破壊・・・
地球上のいたるところで警告が発せられています。
昔からよく耳にする言葉ですが、
そろそろ具体的に行動しないと取り返しがつかなくなるのでは、と
漠然とした不安を感じます。スキー場に雪がなくて、強く感じました。
海外の僻地を放浪している人が自然破壊のすさまじさを嘆いていたそうです。
時として経済と相反する課題であると思いますが、
まず国が旗振りをすべきと考えます。
残念ながら小渕さんから環境という言葉は聞かれません。
行政、小渕さん、または我々は、まず何をすべきとお考えになりますか。
気が安らぐお言葉を頂きたく存じます。
54 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/26(水) 10:43
>48流れ者さん
「脳機能障害」についてご意見頂戴しましたが、この問題は介護制度の拡充と
連動して、今後、補充・修正していかなければならない課題だと思います。
これまでにない事故に対応するために、社会保障制度の確立の要請は高まっている。
本人が社会復帰したいと思っても、受け皿がない。雇用側の採用基準に、「偏見や差別」
をうまないシステムの構築が必要だと思います。
>50
ご指摘ありがとうございます。
このような偏りのないシステムがうまれることに期待しています。
55 名前:
ここ1年の日本の政治
投稿日: 2000/01/26(水) 17:02
細川連立内閣が誕生したころはこれで日本の政治は
変わると期待したものですが、
最近の政治の動向はよくわかりません。
右傾化しているとも取れるし、
アメリカに追従しているだけとも取れますが、
立花さんの解釈を聞かせてください。
56 名前:
童貞野郎
投稿日: 2000/01/26(水) 19:34
立花さんの著作はいくつか読みました。田中角栄関連では「論駁」がよかったですね。
日本一の“サイコ・プロフェッサー”ショウイチ・ワタナベとの対決は胸のすく思いでした。
道徳性を説くのでもなく、まして知識の量で圧倒するのでもなく、純粋に議論の中でロジックにより撃破したというのが、先生の面目躍如たるものを感じました。
これからも第二第三のワタナベが現れた時には先生の手腕で次々と屠ってくださいね。
先生の著作で利根川氏について取材した「生命と物質」文芸春秋 がありますよね。その後の利根川さんについて何か書物を著す予定はございませんでしょうか。
57 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/26(水) 22:43
>53
環境問題に関しては、拙著「環境ホルモン入門」をご覧下さい。
ひとりひとりのモラルに訴えるだけでは、解決の示唆にはならないことは自明です。
悲観的案ですが、法的規制を検討しなければならないと思います。
>55
日本の政治が、アメリカに追従しているとは思いませんが、最近の情報ハイテク関連の
株価の乱高下には懸念があります。株式市場の盛況と謳われていますが、現在の活況は
漠然とした将来の見通しが反映しているに過ぎません。
情報化社会において必要なのは、情報・通信インフラの整備やそれを活用するための
社会環境整備であり、このことによってはじめて将来の経済を牽引できるリーディング
インダストリーが出てくるはずです。
>56
ご意見ありがとうございます。
「生命と物質」出版以来、利根川さんとは「ノーベル賞フォーラム」でディスカッション
しました。現在、利根川さんは、MITで、遺伝子の記憶のメカニズムの働きと連動して、
「意識」「知覚」について研究しておられます。
非常に興味深いのですが、書物の出版予定はありません。
58 名前:
立花隆さんへ
投稿日: 2000/01/27(木) 06:39
はじめまして。
丁寧なレス、拝見しました。
落合さん同様、その真摯な相談の姿勢に感銘をおぼえます。
できればわたしもお伺いしたいのですが。
それは
今のこの日本社会は、そして世界は、どういった状態にあると思わ
れますか、またどういった方向に進むと思われますか?一分野の方向性
だけでなく全体がおおまかにどういう方向へ向かうと思われますか?
私は、日本はあのバブルの後遺症を引きずったまま、精神的にも
経済的にも荒んだ状態で、荒廃した文化、それに手を貸すように詐欺
まがいのことををする宗教等が蔓延し、このまま回復するのは無理で
はないかと思い、結論としてしまいそうです。
日本ばかりでなく世界は、カネと打算が、資本が第一とするような
社会となり、持つ者と持たざるものとの差が日々広がっていくように
思います。本来社会のモラルが機能していた頃はモラルハザードが働
いて、正常に浄化していたように思います。それがカネ万能主義、第
一主義のようなモノが蔓延して、ヒトがヒトとして生きる道を更に惑
わせ、目先の欲望に囚われしまうヒトが増えたと思えて仕方ないので
す。(かく言う私もそのひとりかもしれません。)更に既に富を得た
側、権力を得ている側がその利益を守ろうと法の網の目をくぐり、そ
れこそ法を犯さなければ何をやってもいい、という状態を生んでいる
ように思えて仕方がないのです。
20世紀は狂気の世紀だと誰かが言いました。
正にそう思います。
21世紀、ヒトはどこへ向かうのでしょうか?
ヒトとはその程度のモノなのでしょうか?
ヒトの社会はこのまま滅んでしまうのではないか、と悲観的に思えて
きます。
いっそヒトは滅んだ方が良いのでしょうか?
また、日々どう過ごすべきかと思いますか?
ご自身の人生観、今後の生きる指針のようなモノを少しでもお聞かせ
願えませんでしょうか?
よろしくお願いいたします。
59 名前:
58
投稿日: 2000/01/27(木) 06:50
追記
私自身、内にある狂気を拭えずに社会生活を営み
方向を定められすに、さまよい、惑い、考え込んでしまっているものですから。
ぶしつけな論点のはっきりしない質問で申し訳ありません。
60 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/27(木) 10:09
愚問に答えて頂き感謝しとります(以前、なんかで立花隆はトムウェイツの
ファンやと聞いたもんで)。
申し訳ないけど、あと二つ下らん質問させてくださいな。
一つ目は、90年の大宅賞の選考の際に立花さんが書きはったことについてです。
立花さんは受賞作の『プロレス少女伝説』に関して
「私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人
だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている」
と書いてはりました。ワシはプロレスファンやから、なるほどワシは品性も
知性も感性も同時に低レベルなんや……あっとるやないけ(笑)、と納得した
記憶があります。今でもそのお考えは変わっとりまへんか?
もう一つは人工知能について。そこで問われる人間の「意識」についてです。
現在では何や一般に科学に対する底抜けの信頼感みたいなのがあって、いずれは
人間そっくりの意識を持ったAIも可能なんやみたいな楽観が感じられるんやけど、
ワシはそんなん絶対ムリやと思てます。簡単に言えば、「意識」という現象と、
科学という記述の体系は、相容れないと思てるからです。
脳の問題や生物学に造詣の深い立花さんは、「意識」を自然科学という方法で解明
できるとお考えですか? その可能性が少しでもあるとお考えですか?
61 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/27(木) 13:40
>58
世界がどういった状態にあるかを表すことは難しい。ここでは、長期的な方向性を示す
抜本的な改革を示唆したい。
まず、バブル経済に後遺症が残っている点は否定できない。制度改革の手遅れによって先端技術
の進歩を阻む可能性は多いにある。また、どんなに制度を整備しても、人々の考えが変わら
なければ、事態は変わらないという面を考えると楽観視はできない。
しかし、他方において変化を加速させる要因はある。それは海外からの競争圧力だ。
外為法の改正によって生じる競争は、その典型である。資産が国際間を自由に移動できる状況
では、日本だけが資本所得に対する源泉課税を行うのは難しくなる。こうして、税制さえも
国際的な標準にあわせざるをえなくなってくるのだ。製造業は、これまでも国際競争にさらされて
きた。したがって、否応無しに合理化を進めざるをえなかった。金融業、行政、情報産業は、
これまでそうした競争圧力からは隔離されてきた。今後、このような改革を期待できないならば
日本から若くて有能な人材は海外へ流出してしまうだろう。私が、真に憂うのはこのことである。
教育の問題で、人材の育成が長期的な構造改革のかぎを握っていることは明らかである。
「ハイテク金融技術を将来の日本の金融業の中核に」といったところで、人材育成システムが
なければ、話にならない。ところが、現在の日本の高等教育制度では、こうした内容を教えられる
場はきわめて貧弱だ。経済学部にはこのような数理的に高度なテーマをこなせる人材はほとんど
いないし、工学部は伝統的な製造業の思想から脱却できていない。したがって、高等教育の
システムにも、大きな改革が求められているのである。
「2001年において日本は改革に成功しているか」と問われたら、「その出発点を作る努力は
始まっている」と答えたい。
62 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/27(木) 14:09
>60
随分昔の話で、詳しく覚えていないのですが、、。
受賞作に対してそのようなコメントを述べたのは、多分今後の選考にそのようなマニアックな
趣味にバイアスがかからないよう期待したからだと思います。
自然科学で強力なのは、仮説を立ててそれに基づいて実験をする。しかも、重要なことは
再現性がないと評価されない。私が行った実験ではこうなったからAはBである、と。
ところが、別の科学者がやるとそうはならない、となると自然科学は成り立たない。
誰がやってもしかるべき方法でやれば同じ結果にならないと自然科学とは認められない。
ニュートンの万有引力の法則を今、誰も疑う人はいない。
ニュートンだけ正しくて、他の人は信用しない、ということにはならない。
そこが科学的方法論の強さだと思います。
>ワシはそんなん絶対ムリやと思てます。簡単に言えば、「意識」という現象と、
>科学という記述の体系は、相容れないと思てるからです。
それで、揚げ足を取るわけではないのですが、こういった「考え方」自体が
結局は「脳」で考えているわけですよね。
「脳の研究」の最先端では、こうしたことの解明に取り組んでいるのです。
ですから、すべての可能性を「できない」と否定するには、まだ早いと思います。
そこで重要なのは未知の探求に取り組む科学者の倫理観だと思います。
それについては45で言及してますので、そちらをご覧下さい。
63 名前:
童貞野郎
投稿日: 2000/01/27(木) 17:15
そうですか、利根川さんはもう取材なさらないのですか・・・・。
では、サル学関係で何か出版するご予定はございませんか。
もう一つ質問です。ずばり、小沢一郎氏は政治家なのか、それとも単なる政治屋なのか、どちらであるとお考えですか。
私は、まぎれもない政治屋であると推測します。
64 名前:
58
投稿日: 2000/01/27(木) 21:38
立花さんへ
早速のレスありがとうございます。
漠然とした質問で大変失礼いたしました。
私なりの解釈し、現状から脱却できるように氏の言葉を参考にこれから
の仕事や日々の生活の中に生かしていこうと思います。
再びお尋ねして申し訳ありません。
氏の今現在抱いている人生観、指針のようなものを
どのように氏自身を今日までにカタチづくってきたのか
そういったモノを踏まえてお知らせ願えれば幸いです。
是非参考にさせていただきたく思います。
65 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/28(金) 06:32
立花さん。レスありがと。もうちょっとだけかまってやって。
>それで、揚げ足を取るわけではないのですが、こういった「考え方」自体が
>結局は「脳」で考えているわけですよね。
揚げ足を取るわけやないんやけど、こういった「考え方」自体そのものが人間の
「意識」なんですよね(笑)………まさに「時間の謎」「空間の謎」「アキレス
と亀」ですね。しかしながらですな、ワシ思うにこれらの「謎=矛盾」自体は
「自然科学の公理系=客観的真理」という前提に立ったときのみに起きる自体
とちゃいますか?
「意識」「知覚」「感情」「欲望」といった現象を、物理・化学的な因果秩序と
して捉えることが出来るという可能性を、立花さんは否定しませんでした。薄
々気づいてはおりましたが、それでもワシは少し驚きました。
それで、再び揚げ足をとるわけではなんいやが、例えば「痛いっ!」は、感覚器官
と神経組織の因果系列として〈定義〉可能です。しかしそれを「気持ちええ〜もっ
と〜」と感じるヤツの場合を科学の公理系で〈定義〉しようとなると、「痛いっ!」
とは別の因果関係で説明しなければならなくなる。しかも、両者とも同じ外的刺激
によってです。そうでなければ外的刺激の無限設定。「無限」を「在る」とする数学
を親にもつ自然科学の成せる技です。
66 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/28(金) 06:33
もひとつさらに重要なことは、どれほど緻密に作られたコンピューターやAIであ
れ、それは情報を受け取り、そして反応するだけやというとです。この「受け取り
―反応」というはたらきと人間の「意識」とは、果たしてイコールとなるんやろか?
現象学の方法を忠実に受け継いだハイデガーが、『存在と時間』の前の方で現存在
の分析ゆうことをやっていて、このあたりのことを書いとったように思います。
かなり咀嚼しているので受け売りにすらなってませんが、ハイデガーは現存在
(人間)の本質を、常に対象化しつつあるものとして「情状性(Befindlichkeit)」
というのをその一つに挙げました。「気分」という意味ですが、ハイデガーは、
「気分のうちでこそ現存在は現としておのれの存在に当面させられているので
ある」[29節] といっている。
なんとなくしかわかりませんが、ワシはなんとなくわかる(笑)。
つまり、現存在ではなく、存在者(もの)でしかないAIの「受け取り―反応」と
いうはたらきは、たしかに外見上、人間そっくりの「知能」に成り得る可能性は
十分ある(それが可能なら「意識」などどうでもいい話やけど)。
しかし、「受け取り―反応」をいくら膨大にプログラミングしたところで、原理的
に、機械ごときが自ら「〜したい」とか感じることはないんちゃうやろか?
「自ら」というのがというのがポイントかな。その「自ら〜したい」というのは
機械にはもちろんやけど、それを「脳」にすら還元することは、なかなか困難が
つきまとう作業やないでしょうか?
67 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/28(金) 06:50
すんません。だいぶ字間違えとる。
68 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/28(金) 11:17
>63
小沢一郎氏についてですが、彼からは非常に気負いを感じています。
国内的に見るとやや強引と思える政策も、海外的には評価を得ているのが現状です。
主観的な好き嫌いはさておき、国外から(とくにアジア地域)は要人として受け入られ
ている。その発言が、国際的な日本の評価を左右する立場にある。
政治家として、その政策を是正させるか、政治屋として、完全に排除するか。
私は前者を選ぶ方が得策だと考えます。
>64
できるだけ回答したいのですが、質問が少しわかりにくいので、その答えになるかどうか
わかりませんが、とにかく私は、自分を取り巻く周囲の現象すべてに関心がある。
「知りたい」という欲求は、おそらく人間の属性だろうと思う。これらを切りとっては
考えられない。少なくとも、私は生きられない。そして、こうした興味を赴くままインプットして
いるうちに、アウトプット(つまり、物書きとして)の依頼があった。
この点で、私は非常にラッキーだったと思っている。
以上ですが、参考になったでしょうか。
69 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/28(金) 11:18
>65
おっしゃることは、よくわかりました。
>例えば「痛いっ!」は、感覚器官 と神経組織の因果系列として〈定義〉可能です。
>しかしそれを「気持ちええ〜もっ と〜」と感じるヤツの場合を科学の公理系で〈定義〉
>しようとなると、「痛いっ!」 とは別の因果関係で説明しなければならなくなる。
特に以上の例は、十分に理解できます。科学技術を使った「脳」研究も、この段階までは
進んでおらず、必ずしもここまで明解な答えが得られるかどうかは疑わしい。
>しかし、「受け取り―反応」をいくら膨大にプログラミングしたところで、原理的
>に、機械ごときが自ら「〜したい」とか感じることはないんちゃうやろか?
>「自ら」というのがというのがポイントかな。その「自ら〜したい」というのは
>機械にはもちろんやけど、それを「脳」にすら還元することは、なかなか困難が
>つきまとう作業やないでしょうか?
そして、以上のことを説明された若頭さんの考えに、個人的にはあまり違和感は覚えません。
ただ、「言葉の問題」<例えば、揚げ足取りなど>で議論が前に進まないことは本意ではありません。
そのあたりを、若頭さんには十分にわかってもらえると信じ、科学者の意見を挙げたいのですが、
「これらを科学に説明するのは不可能だ」と実験前の段階で、可能性を完全に否定するのでは
科学者は満足しない。利根川進さんはおっしゃった。これは、いわば「態度の問題だ。
そんなことはできるわけないから、実験自体がナンセンスとするか、いや、必ず説明できるはずだ
とするか」と。
人間の肉体的な機能というものは、ほとんどわかっている。それに比べて、「脳」というものは
未だそれほど解明できたわけではないのです。
若頭さんは、<「脳」にすら還元することは、困難ではないか>とおっしゃった。
その意見にさほど違和感を覚えないにしても、解明できる余地が科学にはあるのではないか
と私は思いたい。長くなりましたが、ご理解ください。
70 名前:
64(58)
投稿日: 2000/01/28(金) 16:49
質問がわかりづらく申し訳ありませんでした。
にも関わらずお話くださりありがとうございます。
要は
氏のこれまでの生き方、今後の生き方(指針)を
直接伺いたかったのです。人生観、ヒトはどう生きるべきか
氏はどうされてきたか、ということを知りたかったのです。
また前レスでは狂気と知について氏のご自身の日々の生活、執筆活動
も踏まえ、伺いたかったのです。
以前購入した文芸春秋、増刊号「立花隆のすべて」や
著作本でもおおまかな氏の知的生活、その内面に触れること
ができるのですが、(他の人のレスでも言っていたかも
知れませんが)周縁的なモノを捉えて…核心的なモノは
読者の皆さんが考えましょう的な終わり方がしてしまう
モノですから…。
一度核心部分、その中に入って壊れそうになっても、例え
壊れてしまっても暴いてほしい、と思ったりもしたりする
モノですから…。
再び乱文にと失礼しました。
71 名前:
無知な男
投稿日: 2000/01/28(金) 16:49
69などを読んでいて思いました。
どうやら、人間の精神というか自我意識みたいなもの
を作れるかどうかというのは専門の研究者の間でも
コンセンサスは得られていないんだな、と思いました。
クダラナイ質問で恐縮ですけど、
欧米の科学者なんかは敬虔なキリスト教の信者が多いと思います。
実際の科学に携る人の意識として、自我みたいなものを
人工的に作れると考えている科学者は多いのですか。
こんなのデータがあるわけないかもしれないけど、
あったら教えてください。
僕個人としては、努力目標と原理的に不可能なこととは
きっちり線引きできるんじゃないかと感じているんですが。
72 名前:
無知な男
投稿日: 2000/01/28(金) 16:57
71に補足させていただきます。
宗教家だったら自我意識を作りだすのは不可能
と考えるのではないかと思っています。
そして、むしろその存在を証明しようと
試みるんじゃないかと思うのです。
自我意識を電子回路かなんかで作ろう、というのと
自我意識の存在を科学的に証明しようというのは
スタンスとしてかなり違うような気がするので、
そこらへんのコメントもよかったらお願いします。
73 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/29(土) 06:16
立花さん。丁寧に読んで下すって感謝します。
立花さんは、ワシらには経験できないような科学・生物学の先端技術の生の現場
を御自分の目でみられ、それをワシらに伝えてはります。ワシはいつも本当に
「わくわく」しながら拝見させてもろてます。立花さんの「興味」は、ワシのそれ
と重なる所が多いのです。ですから、現実的にナンセンスだといってその努力を嘲
笑するのものでは決してありません。「倫理なんぞ知るかっ」てなくらいに自然科学
の先端技術には「わくわく」させられますし、それに携わる人たちへの尊敬の念も
忘れてはおりません。科学者の「生理」というものを考えれば「態度の問題」は言
わずもがなです。ワシは、彼等は勿論、その技術を絶えずウォッチし、やさしく伝
えてくれる人々を尊敬しとります。それだけは一つよろしく。
しかし、ワシの関心は先端科学技術から、その技術と人間の生活の関わりの方へ
移っておるようです。ただそれは「倫理」の問題ではありませんし、技術を人が
どう使うのかといった社会学的なものですらありません。ごく簡単にいうと、
「意識」すら解明可能だとする科学の発達が、人が持つ「真理」という概念に何を
及ぼし、そしてそのことによって人はどうなるのか? というようなことです。
74 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/29(土) 06:18
>人間の肉体的な機能というものは、ほとんどわかっている。
(しかし)
>「脳」というものは 未だそれほど解明できたわけではないのです。
(しかし)
>解明できる余地が科学にはあるのではないかと私は思いたい。
この立花さんの三つの言葉は象徴的のように思いました。世の中の人がごく普通
にもっている漠然とした「身体」観に対してです。
つまり、それは「近代的な心身二元論」と「超近代的実証主義への期待」との間
での微妙な「揺れ」だと思います。メルロ・ポンティーを初め多くの哲学者が
「身体(意識も含めた)」を実証主義的に解明することの矛盾を抉り出しましたが、
そのことに関わらず多少哲学的に考え得る人なら、「痛いっ!」という感情ひとつを
とっても、それが化学・物理の公理系では記述不可能であることは「なんとなく」
わかっている。そのことが「心」と「身体」は別だとする「心身二元論」が暗暗裏
での常識となった理由やと思う。
しかしここにきて「脳」の実証主義的解明が進んできた。脳内の神経伝達物質が
次々と明らかにされることにより、「感情」などは単なる化学反応に過ぎないとい
うような(ワシに言わせれば原理的にあり得ないことやが)「期待?」がこれまた
暗暗裏に浸透しとるようです。
ワシは科学者がその「生理」に則り、「脳」を科学的に解明する努力を続けること
は非常に重要なことや思てます。しかし少なくともワシ等ウォッチする側は、それ
をあくまで生活者の「利用可能性」に尽すものとして、見ておく必要があると思
うのです。
【「意識」=「脳」】という「超近代的実証主義への期待」を、煽ると言ってはおか
しいですが、前提とした情報は現代の人々の「心」や「真理概念」に対してどのよ
うな影響が及ぼすでしょう。仮に「意識」≠「脳」であるとしたら。
ワシには既に深刻な状況があらわれとるような気がするんです。
75 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/29(土) 06:25
影響が及ぼすでしょう
↓
影響を及ぼすでしょう
あぁぁぁ、死にたい(笑)
76 名前:
名無しさる
投稿日: 2000/01/29(土) 10:35
はじめまして
当方、形態模写の系譜を20余年研究しているものです。
この度は、形態模写の新たなる潮流と、それを支持する若者文化への危惧につきまして、
立花さんの見解を拝したくカキコさせて頂く次第です。
さて、コージー冨田なるモノマネ芸人を御存知でしょうか?
彼の特色は、
コロッケに代表される模写対象の特徴を過分に現し笑いを産む近ごろの潮流に真っ向から立ち向かい、
模写対象を忠実に過不足なく表現することで笑いを得ている点に在ります。
彼の、対象を忠実に模写する技術は、誰もが認めざるを得ないほどに卓越したものです。
仮に、彼が江戸家猫八と同世代であれば、同等以上の評価をあるいは得ていたかもしれません。
確かに当時は、緻密に模写すること自体が芸として認められていました。
しかし、今、あえてそれを敢行する彼の愚行は、形態模写の史流を蔑ろにするものです。
断じて、許されるべきことではありません。
彼への嫌悪を募らせる内に、私は、ある仮説を思い立つに至りました。
彼の無用に忠実な模写は、彼を売り出すためのポーズではないか?
すなわち、彼の本質は他の処に在るのではないか?
検証のため、彼のトークに耳を傾けてみました。
すると、あろうことか、面白くないのです。
あのタモリに、輪をかけて、面白くないのです。
こんなことなら、タモリ本人を登場させた方が、幾分マシかと思われます。
今の私には、彼が受け入れられている理由が到底理解し得ません。
このままでは、私は、形態模写の系譜の研究から、身を退かざるを得ません。
願わくば、彼が明後日にでも形態模写界から消えるパチもんであってほしい・・。
彼に対する立花さんの御見解を教授いただきたく。
77 名前:
続きです
投稿日: 2000/01/29(土) 10:36
並びに・・、いや、もはや、危惧すべきは彼ばかりでありません。
「そのまンまじゃん! 笑っちゃうよなー」と言われつつも、
J−POP史に足跡を刻みつつあるドラゴンアッシュ。
また、東幹久の様な小物を真似る、そのまんま東なる芸人も居るやに聞いております。
偽物であることが自明であるにもかかわらず、敢えてそれらを奉り上げる今の若者達は、
「ホンモノ」への「コダワリ」というものを無くしてしまっているのでしょうか?
78 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/29(土) 11:32
>70
これまでの生き方、今後の生き方をこの場で方向づけることは難しいです。
また、「ヒトはどう生きるべきか」と道徳性を説く老人にだけはなりたくないと
思って生きてきたわけですが、現在の学生を見ていると、あまりに周囲の状況に無関心
な者が多いと感じます。今、吸収すべきことをよそに、将来の指針など見出せないだろう
と言うのがメッセージです。
>71〜72
私から見ていると、やはり科学者においても、宗教的背景が異なれば実験に対する
態度は違うように思えます。「自我意識」などを人工的に作れると考えている科学者の
データがあるわけではないのですが、やはり研究者の一時的な暴走の恐れはあると
思います。科学者の倫理観を問うことになるのですが、これについては45で言及しました
のでそちらをご覧ください。
>73〜74
ご意見ありがとうございます。ご理解頂けていることが実感でき、安心しました。
ところで、非常に哲学的な説明を拝見しました。もしかして、そちらの専門で学ばれている
のでしょうか。
>ワシは科学者がその「生理」に則り、「脳」を科学的に解明する努力を続けること
>は非常に重要なことや思てます。しかし少なくともワシ等ウォッチする側は、それ
>をあくまで生活者の「利用可能性」に尽すものとして、見ておく必要があると思
>うのです。
この生活者の観点を忘れないことは、胆に銘じておきたいですね。勉強になりました。
何よりも偏った考えは弊害を生みます。今後も広くご意見をお待ちしています。
>75
多少の誤字脱字は平気です。私も、「要推敲」と失敗したことはたくさんありますので、、。
79 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/29(土) 12:04
>76〜77
誠に不勉強で、申し訳ないのですが、コージー富田さんなる人を知りません。
喜劇の分野では、古今亭志ん生が好きでした。今でもテープが残っていると思うのですが、
高座に上がると挨拶もなしに、いきなり「人間というものは」と一旦人類を総括してから
落語をやるという素晴らしい噺家でした。噺の登場人物を忘れては客に聞き、落ちを
忘れてはその場で作る、という芸を披露してくれました。
何度か高座で眠ったこともあるのですが、客は「今日は眠った志ん生を見れた」と
喜んだものです。形態模写が伝統芸能かどうかは定かではないですが、コメディの形態も
時代と共に変わっているように感じます。
昔が良くて、今が悪いという意味ではなく、「テレビ文化」が若者に支持されていることを
踏まえると仕方がないのかもしれません。
80 名前:
必ずよくなります
投稿日: 2000/01/29(土) 22:18
富士河口湖道場→
http://www.mfi.or.jp/snifuji/
宇治道場→
http://uji.sni.or.jp/
全国の練成道場→
http://www.sni.or.jp/honbu/html/act_j02.htm
有り難い御講話→
http://www.sni.or.jp/honbu/html/act_j.htm
書籍→
http://www.ssfk.or.jp/
http://www.ssfk.or.jp/nkydata/nky8.htm
月刊誌です→
http://www.ssfk.or.jp/gekkansi/2000.2/risousekai2.html
81 名前:
学部生
投稿日: 2000/01/30(日) 01:05
立花さん、若頭さんへ。
お二人のやりとりを見ていて思い出したんですが、
心理・言語板の下記のスレッドにおける、17から33までの論争をどう思いますか?
中断したのが残念なんだけど。
http://www.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psycho&key=942427990
82 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/30(日) 01:35
立花隆さん:
>68
>政治家として、その政策を是正させるか、政治屋として、完全に排除するか。
>私は前者を選ぶ方が得策だと考えます。
政治家と政治屋とのレトリックはあなたの著書かどこかで説明されているのかも知れないから措いて、
1.政治家ならずとも、その人物の理念を変えさせることは不可能である。
2.是正といわれる以上、正統なるものを想定されているのであろうが政治的正統なるものほどまがまがしいものはない。
3.その挙句に排除ですと?#その思考はいただけない。ネットワークも社会も共棲がキーワードである。気に入らないからといって排除していたら、こちらが粛清されてしまう。
−これらは以下につらなります。
>46
>とにかく死刑制度が刑罰の最終形であることは間違いないでしょう。
憲法改定が難しいからという理由でもって、完全に「廃止」にする主張に賛成しないという御主張ではないと思いますが、ここも措きましょう。死刑制度は刑罰の最終形というよりも再発防止の単純形というべきでしょう。刑罰というものが因果応報であるのならば、加害者と被害者の命と命のバランスの時点で彼我は等量ではない。被害者遺族の観点では処刑などは人生に何の足しにもならない他所ごとであり、とりかえしなどはいかようにもつくはずはない。刑罰の最終形というのであれば毎朝、処刑の告知に怯えながら十数年を生きさせる今日的な死刑確定後の長い日々こそが死刑囚にとっては、さぞやつらいことであろう。処刑そのものは極隠密裏に行われてしまって抑止にもならない。きくところによれば刑務所見学も容易ではなく、犯罪者予備軍の学生たちにその実態は知らされない。
死刑存置の意味は、わが国を侵略し虐殺などをした場合、その者の死をもって報復するのだ、ということなのだろう。(仮想敵国名は控えます。)
83 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/01/30(日) 01:41
立花隆さん:
>68
>政治家として、その政策を是正させるか、政治屋として、完全に排除するか。
>私は前者を選ぶ方が得策だと考えます。
政治家と政治屋とのレトリックはあなたの著書かどこかで説明されているのかも知れないから措いて、
1.政治家ならずとも、その人物の理念を変えさせることは不可能である。
2.是正といわれる以上、正統なるものを想定されているのであろうが政治的正統なるものほどまがまがしいものはない。
3.その挙句に排除ですと?#その思考はいただけない。ネットワークも社会も共棲がキーワードである。気に入らないからといって排除していたら、こちらが粛清されてしまう。
−これらは以下につらなります。
>46
>とにかく死刑制度が刑罰の最終形であることは間違いないでしょう。
憲法改定が難しいからという理由でもって、完全に「廃止」にする主張に賛成しないという御主張ではないと思いますが、ここも措きましょう。死刑制度は刑罰の最終形というよりも再発防止の単純形というべきでしょう。刑罰というものが因果応報であるのならば、加害者と被害者の命と命のバランスの時点で彼我は等量ではない。被害者遺族の観点では処刑などは人生に何の足しにもならない他所ごとであり、とりかえしなどはいかようにもつくはずはない。刑罰の最終形というのであれば毎朝、処刑の告知に怯えながら十数年を生きさせる今日的な死刑確定後の長い日々こそが死刑囚にとっては、さぞやつらいことであろう。処刑そのものは極隠密裏に行われてしまって抑止にもならない。きくところによれば刑務所見学も容易ではなく、犯罪者予備軍の学生たちにその実態は知らされない。
死刑存置の意味は、わが国を侵略し虐殺などをした場合、その者の死をもって報復するのだ、ということなのだろう。(仮想敵国名は控えます。)
84 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/30(日) 11:09
ども。前回のは、ちと重いテーマ過ぎた。
ワシは哲学を単なる自分の趣味で学んでます。「趣味」ゆうたら「知的」に聞こえる
か知らんけど、ええかげんなもんやし、ワシにとっては「パンとぶどう酒」です。
でも調子にのってややこしいこと書きすぎたよな気する。そやし、そのことはまた
あらためてやるとして、今回は(ロムしている人もおると思うんで)もっとフランク
に、興味を引きそうな浮世の話題でお茶を濁したい思う。
現在では「右翼」とか「左翼」という概念は、政府の与野党分布をみるまでもなく、
いいかげんに使われてます。そやけど若い奴が政治思想に興味をもってそれに近づ
こうとする場合、様々なメディアに流布する思想イメージが彼等に与えるもののこ
とを考えると、なかなか厄介な問題があるように思います。
例えば小沢一郎の話題が上の方にありましたが、ワシは彼の「政治屋」ではなく
「政治家」としての主張、つまり規制緩和を推進し、透明度と合理性を重んじる行政
のあり方を目指すゆうことに大賛成です。しかし、その一方で天皇制に依拠し、国民
個々のアイデンティティーを「国家」に求めることを半ば強要するような思想には大
反対です。このことは政治家だけでなく、むしろ若い奴が直接メディアから影響を受
けることを考えると評論家たちの方が問題かもしれない。
85 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/30(日) 11:10
「アナーキー」ゆう言葉はもともと「左翼用語」らしいんやけど、「アナルコ・キャ
ピタリズム」の主張を一番汲んでいる政党や評論家のことを思うと、「左翼」「右翼」
概念のいいかげんさがわかるのですが、だからと言ってそれが無くなるものではない。
無くならないことが非常に問題で、例えば渡部昇一がハイエクやフリードマンにつ
いて色々書いていたように思うのですが、彼に限らず保守系の評論家の中には、ワシ
にいわせれば「ええこと言う」場合が多々あって、それがまた問題だし、それから小
林よしのりの問題もある。「戦争責任問題(歴史検証)→国家主義的思想」という流れ
は明らかに健全ではない。
渡部昇一や小林よしのりや、はたまた竹村健一では自分を少しでも知的に見せたい若
い奴にとっては有効に作用しないということで、一方では福田和也、もう一方では
浅田彰という左右両極端の評論家が重宝がられているようです。
ことほどさように若者に与える現在の思想イメージは複雑です(ワシも若者やけど)。
その中で立花さんの微妙な距離感の取り方は、興味深い。ひとつアドバイス願いたい
のですが、戦争責任問題について、若者はどのように接すれば良いのでしょう。また
メディアが流す思想イメージと否応無く直面させられる若者が注意すべきことは何か。
ついでに2ちゃんねるの「政治思想」版のあほたれどもに何か言うとしたら何でしょう。
86 名前:
若頭
投稿日: 2000/01/30(日) 11:21
>81
うぎゃぁぁ
見とる人は見とるやなぁ。
ワシが34・37・42を書いて、実質的にあのスレッドをぶち壊した
もんで。。。悪かった思とります。
捨てハンやったから、煽ったような形になってしもた。
87 名前:
MSK
投稿日: 2000/01/31(月) 23:41
戦争の話に入ってきているので、関連でお尋ねしたいのですが、
ハンチントン理論についてはどう思われますか。
日本というのは本当に中国とは別個の「文明」なのでしょうか。
むしろ東アジアの特殊性というのは、旧来の中国文明エリ
アから中国自身が逸脱したことにより不安定がもたらされ
たことにあるとも思うのですが。
かといって、戦後米国文化の影響を受け続けた日本が、今
から中国文明エリアにすんなりおさまることも困難だとは
思います。
今後の日中台関係についてもできればご意見を伺えないで
しょうか。
88 名前:
立花隆
投稿日: 2000/01/31(月) 23:41
>81
論旨が不明な点が多く、全体の議論を把握できませんでした。
心理について、掲示板での意見の交換は不適当であるのかもしれません。
>85
>戦争責任問題について、若者はどのように接すれば良いのでしょう。また
>メディアが流す思想イメージと否応無く直面させられる若者が注意すべきことは何か。
いい質問をいただきました。
政治思想が与える影響を考えた場合、意見する私が学生時代をノンポリで過ごしたことを
理解してもらう必要があります。そして、今日まで政治の世界に直接関与しない立場であった
ため、利害による偏った思想をもたずにこれたのかもしれません。
若者といっても、その家族や先祖といった親族に、戦争体験者がいる場合とそうでない立場の若者
と分けられる。これら二つをまとめる意見を見出すことは難しいが、あえて書かせてもらうならば
まず、「戦争責任の所在を明確にすることは、重要である」ということと、「補償問題を切り札に
とった悪意あるプロパガンダを見抜く能力を怠るな」ということです。
全般的な思想にいえるのですが、独善的な考えに侵されないように「疑いの目」をもつことが
肝要です。
89 名前:
投稿日: 2000/01/31(月) 23:46
立花さんの尊敬する人は誰ですか?
そして
こいつだけは許せないという人は誰ですか?
90 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/01(火) 00:18
立花先生
小生、部落解放同盟と全解連の対立について非常に関心を持っているのですが、部落問題について先生はどう思われますか? 解同の言説はどの程度まで正しいとお考えでしょうか?
91 名前:
井の中の蛙
投稿日: 2000/02/01(火) 12:28
いつも興味深いご意見ありがとうございます。
私は、以前、立花先生の自伝的著書を拝読しました。
1970年代前半に中東地域を何度か放浪されている
ようなことが書かれていました。
恐らく中東戦争などに関心を持って取材を兼ねて
出かけられたのだと思います。
私は20代の学生ですが、いまだ、海外に旅行の
経験すらありません。
あのような日本とは相当異質な文化を持った国
を何ヶ月も放浪して得られたことがあれば
お聞きしたいです。
ついでと言ってはなんですが
中東情勢の今後についての
考えもお聞かせください。
92 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/02(水) 05:23
>87
申し訳ないのですが、「ハンチントン理論」を詳しく知りません。
ですから、その評価は控えさせてもらいます。
それで、日・中・台関係についてご質問いただきましたが、昨年小渕首相は
「台湾を国として認めないが、重要な一地域として経済活動を協力する」と
表明しました。これが、現在の日本の立場です。つまり、中国側の「台湾を
国として認めるな」という主張を受け入れながらも、台湾をひとつの社会として
経済協定を結ぶとしたものです。この態度を示した点で、私は小渕首相を評価します
が、これをよしとしない中国との軋轢は、将来生じるかもしれません。
いずれにせよ、いまは推移を見守りながら、中国側に柔軟な姿勢を要請するしかないと
思います。
>89
母親をひとまず置くと、まずはヤコブ・マルシャック教授です。
計量経済学の基礎を作ったコールズ・コミッションの創設メンバーで、
数理経済学と計量経済学に大きな業績を残した方です。日本経済、ひいては
世界経済に興味を覚えたのは、マルシャック先生の講義に魅せられたからです。
それに、森一郎先生も尊敬する一人です。高校時代の恩師で、一般には
「試験に出る英単語」の編者で有名でしょうか。
そして、なによりも個人的に大変尊敬していたのは、高校二年の秋に山で事故死した
同期性のY君です。今でも存命していれば間違い無く若き総理大臣になったであろうし、
世界をリードする政治家になったと思います。これが同期生の一致した評価でした。
思春期に刺激を与えてくれた存在は、なによりも貴重な財産だと思います。
その反対に、「許せない人は」との質問も頂きましたが、それぞれ取材や仕事を通した
やりとりで、摩擦はありましたが、今、印象に残っている人はおりません。
>90
申し訳ないのですが、今、私は部落問題について詳しく知りません。「解同」の言説というものも
聞いたことがありません。ただ、「部落」を起点とした差別問題は、深刻な問題で無関心を
きめこむわけにはいけないと感じています。いずれ機会をあらためてコメントしたいと思います。
93 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/02(水) 07:27
立花隆さんのお気に入りウェブサイト教えていただけますか?
あと2ちゃんねるで好きな「板」はどれですか?
94 名前:
ともよ
投稿日: 2000/02/02(水) 18:28
Microoft InternetExplorer4.0/5.0に塔載されたMS-JVM(Microsoftの独自実装によるJavaVM)に重大なセキュリティホールが発見されたのは、すでに報じられている通りです。([JavaHouse-Brewers:30376]および日経Javaレビュー ZDNN INTERNET Watch)
特にIE4.0の場合、安全であるはずのJavaアプレットから、ハードディスク上の(ファイル名が既知である)任意のファイルが読み出せてしまうので、非常に重大な(これまでで最大の?)セキュリティホールであると言ってもいいと思います。
対処方法は、[JavaHouse-Brewers:30376]にあるように、MS-JVMをオフにし、Javaアプレットを実行できないようにする、あるいはSunにより実装されたJavaVM(Java Plug-in)をインストールすることです。
この件に関してMicrosoftは、「開発者にのみ知られているセキュリティホールは、パッチが用意できるまで一般のユーザには公開しない方がよい」([JavaHouse-Brewers:30440])と考えているようです。
実際には、公開しなくて良いということはありません。不特定多数が参加する公開のメーリングリストで議論されて公知になっている以上、悪意あるプログラマは、IEユーザのコンピュータからレジストリファイルやパスワードファイルを収集するJavaアプレットをいつでも作成できます。カウンタや広告バナーのための、Webページでよく見かけるJavaアプレットを偽装すれば、ユーザが不法行為に気付くことはおそらくないでしょう。
すぐに対処方法を公開し警告を発しなければいけないのですが、Microsoftは、自社製品の瑕疵を認めるよりは、暫しの間、顧客を危険に晒す方が良いと考えているようです。酷すぎると思います。IEのユーザは、Microsoftに強く抗議する資格があると思います。
Microsoftの、セキュリティへの甘すぎる姿勢に対する疑問は、(この件とは関係なく)ちょうどZDNNでまとめられていたりしますが(「Microsoftのセキュリティはいったいどうなっているのか」)、本当に、金も人材も唸るほど余っている会社なのに、いったいどうなっているんでしょう?
95 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/02(水) 20:30
87です。レスありがとうございました。
>昨年小渕首相は「台湾を国として認めないが、重要な一地域として経
>済活動を協力する」と表明しました。これが、現在の日本の立場です。
>この態度を示した点で、私は小渕首相を評価しますが、これをよしと
>しない中国との軋轢は、将来生じるかもしれません。
WTOの加盟交渉において、台湾は中国よりも一瞬遅く加盟することに
なっており、台湾の加盟自体は中国も認めていると理解しています。
そのため台湾は現在中国の加盟交渉が妥結されるのを待たされている状
況です。
WTOに加盟するということは、まとまった経済地域として国際的に認
められることを意味しており、「重要な経済地域としてその活動に協力
する」というのは中国も文句を言えないでしょう。従って、これに近い
小渕首相の言い方は比較的安全なものだろうと思います。恐らくその辺
を考慮して官僚が用意したものではないでしょうか。
もちろん、時期的な問題から中国を刺激した可能性はあります。
長くなりましたので分けます。以下、質問に続きます。
96 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/02(水) 20:32
話を変えて申し訳ないのですが、僕が立花さんに一番お聞きしたいのは、
教育に関することです。
1 第一高等学校について
立花さんは東大法学部を批判していらっしゃいますが、旧制第一高
等学校についてはどのように評価なさいますか?
97 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/02(水) 20:34
2 ネットでの高等教育の可能性について
法学しかしらないのですが、米国の授業は、ケースメソッドを用い
て教室において思考力を養い、体系的知識は主に試験前にアウトライ
ンと呼ばれるあんちょこを用意することにより身につけます。
つまり、教室−思考訓練、教室外−体系的知識の取得 となってい
ます。
これに対し、日本は、教室ではマス授業により体系的知識を身につ
けます。では、どこで思考訓練をするのかというと、それは友人との
やり取りを含めた自習によってなされるわけです。
つまり、教室−体系的知識の習得、教室外−思考訓練 となってい
ます。
体系的知識の習得と思考訓練はどちらも欠かせないものであり、教
室に正反対の役割を持たせているとはいえ、どちらも学生の自習を前
提にしていることには変わりはありません。
前置きが長くなりましたが、次で本題に入ります。
98 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/02(水) 20:36
2 (つづき)
どちらの教育方法がインターネットでやりやすいかということです。
米国の方法は教室における教授と学生のやりとりを前提としており、
どうしても教授の負担が重くなります。もちろんそれだけの器量が要
求されることでもあり、米国の質の高い教育をネット上で再現するの
は容易ではありません。
これに対し、日本の質の高い教育をネット上で再現するというのは
僕には極めて容易なように思えます。教授役がHPに講義を載せ(放
送大学のようなテレビでも可能ですが)、学生たちはメーリングリス
トで討論するようにすれば実質的に同じものが提供できる。
ここは「だからネットで再現できる日本の講義形式の授業なんて、
もともとばかばかしいものなのだ」とネガティブに考えるのではなく
て、むしろネットが日本の授業方式を普及させる追い風だと考えるこ
ともできるのではないでしょうか。
日本の教育システムはインターネットでの普及に適したものであり、
むしろ従来欠点と言われていた点が幸いして、国の教育レベルをネッ
トにより飛躍的に引き上げることができる。そんな風には考えられな
いでしょうか?
以上、連続投稿失礼 m(_ _)m>立花さん&all
99 名前:
文藝春秋98年3月号
投稿日: 2000/02/03(木) 12:43
古い話で申しわけありません。
言うまでもなくサカキバラ少年の事情調書が載った号です。
発売後間もなく書店から姿を消し、読み損なったと残念に思っていたのですが、
数日後、公立図書館で発見しました。
読めたのはうれしかったのですが、複雑な気分になりました。
そもそも、被疑者の人権保護のために、書店から回収されたはず。
図書館に置いてあるのはおかしいのではないかと思いました。
これでは特ダネを取られた出版業界どうしの嫉妬で回収しただけじゃないか、
と勘ぐりたくなります。
あの回収騒ぎはいったいなんだったんでしょうか?
このたび、新潟で少女監禁事件が起こり、似たようなことが
起こるのではないかと思い、質問させていただきました。
それから、ジャーナリズム全般についてかねてから思っていることがあります。
ジャーナリズムは立法、行政、司法に次ぐ第4の権力だと言われるのをよく耳にします。
公的な権力ではないのでなんとも言えませんが、上の問題も含めて
ジャーナリズムを批判するジャーナリズムが必要ではないかと思うのです。
普段、国会や行政機構に対して罵詈雑言に批判するのはいいにしても、
自分たちの批判は受け付けないで、特ダネを上のようにつぶしていたのでは、
やってることが政治家や役人と大して変わらないと思ってしまうのです。
立花さんの考えを聞かせてください。
100 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/03(木) 13:51
>93
「USA TODAY」や「朝日新聞」などのニュースメディアサイト、
統計資料として中央省庁のサイト・大学のサイト、あと旅行会社や航空会社、
美術館などのサイトをブックマークにしています。
そして、この2チャンネルの他のコーナーを真面目に見たことはありません。
あるリンクから辿りつき、実験的に期限を決めて使用しています。
逆にお尋ねしたいのですが、「2チャンネル」はどれくらいのヒット数なんでしょうか。
このサイトはどれくらい有名なのでしょうか。
>95〜98
ご意見ありがとうございます。
そして、ご質問の「どちらの教育方法がインターネットでやりやすいか」ですが、
これを答える前に、教授会で知る日本の大学教師の実態を報告しておかなければなりません。
日米を比べた場合、文系に限っていえば、授業の実態はほぼご指摘の通りだと思います。
つまり大方の教授は、十年一日といえるノートを片手に、繰り返しそれを黒板に写している
だけ。生徒側との質疑応答もなし。「厳しい授業になると、生徒が集まらない」と教授側は
おっしゃるが、それは自分が楽な授業をしたいがための言い訳ではないのか。
もちろん、生徒側の授業態度に問題はあります。しかし、さきほどのような意見を出す教授は
ほとんどが、教授としての研究実績や成果を出していない人達なのです。
そして、面白いのは、これらは特に文系に限って見られる現象だと言うことです。
私学文系の場合、入試に数学を課していない(選択受験だが、90%は数学以外を選択する)
ため、微分積分を知らない学生が経済学部を専攻する。(私は、企業の採用担当の方は、
このことを十分認識して欲しいと主張しています)
以上のようなことから、「日本の教育システムはインターネットでの普及に適したもの」と
いう意見には、私は否定的な見解をとらざるを得ません。
インターネット教育をより効果的なものとするためにも、学部内の構造改革に着手せよという
のが私の主張です。
101 名前:
>100
投稿日: 2000/02/03(木) 13:59
スレッド郡の一番下にカウンターがあります。
昨夏から約2300万のヒット数。
1000万超えが去年の12月。
2000万超えが今年に入ってまもなくだから、
指数関数的に増えています。
102 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/03(木) 20:56
立花先生へ
2ちゃんねるは匿名掲示板「あめぞう」の流れを組む掲示板で、
最近では一日45万ヒットと、個人が運営するサイトととしては最大規模だと思います。匿名掲示板の常として煽り、中傷も
多いですが、ハッとするような情報にも出会います。
管理人のひろゆき氏は最近、掲示板の質的向上をねらい、学問系板を積極的に立ち上げています。
レベルにばらつきはありますが、私が見ても哲学板、物理板、工学系板、情報系板などはかなりのレベルに達していると思います。
一方、ロビー、芸能など真面目に見るに値しない掲示板も結構多いですが。
できれば感想などお聞かせください。
ps 私は先生の「インターネット探検」に刺激されてネットを始めた口です。
こうしてお話できるとは信じられない気持ちです。
103 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/03(木) 21:22
95〜98です。レスありがとうございました。
結局、日本の大学の先生方は主軸が「教える人」ではなくて「学ぶ人」にある。その「学ぶ」方法も、横のものを縦にするという明治における使命をいまだにひきずっているから、学生からの刺激を受けて発想するという風にはならない。しかも、助教授から教授になると雑事で忙しくなっちゃうし、アシスタントとかのサポート体制も乏しい。「少しでも研究の時間が欲しい」というのが本音であり、だから楽な授業に流れてしまう。
おっしゃられるように根本的にシステムを考え直さないといけないように思います。
でもそれは時間がかかりそうで、僕としてはとても待っていられない。
そうすると、学びたい人が勝手に動くしかないだろうと思うわけです。お上は必要ない。幕末でいえば私塾ですね。
ネタは、書籍やHPなどいっぱいあります。要はネットを通じて学びたい人をつなげればいいわけです。この2ちゃんねるにも勉強の掲示板があり、ニフティやHPだってそういうところはある。しかも僕らは、幸か不幸か、受け身の情報をもとに自習するという学習方法に慣らされているのです。さらに言えば、日本人は口べただけど、書くのはそんなに下手じゃなかったりする。
僕は一高に憧れます。学生達の背伸びのしかた、先生との交流、寮生活における思考訓練。残念ながらいまや失われたものです。
でも、ネットを見ると、結構みんな背伸びをしている。幼児語書いている人もいるけど、興味を持って覗いているのに変わりはない。そして、何気ないレスが真剣勝負の思考訓練になったりする。当初は情報収集のためにネットをやっていた面がありますが、そんなレベルのものではないですね、もはやここは。
で、とりとめない文章で何が言いたいかというと、ネットの大先輩に向かって言うのも何ですが、「ようこそ! 立花さん」ってことです。
104 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/04(金) 00:10
>99
@件の事件で,私はある出版社相手に論争をした経緯があります。ここでは、
繰り返し述べませんが改めてジャーナリズム権力による報道姿勢の難しさを感じました。
また、私の主張にやや強調的な表現を含んでいたため、多くの誤解や悪意ともいえる解釈を
され、公開討論の場の提供を要望したこともあります。
新潟の事件は、犯人が成人男性ということもあり、少年法の問題が焦点となった件の事件とは
やや性格が異なります。新潟の事件ではないですが、女子大生殺人事件においても、
ある週刊誌が、犯人に容疑がかかる前に、写真が掲載されました。
105 名前:
おでん屋
投稿日: 2000/02/04(金) 00:36
突然すまねえ。
主に物理板で世話になっている中年のおでん屋というもんだが、
立花先生(どうも本物みてえだな)には、物理板の「ビッグバン理論1,2」の両スレッドを是非見ていただきてえな。かなり長いが。
http://www.2ch.net/test/read.cgi?bbs=sci&key=939217336
http://www.2ch.net/test/read.cgi?bbs=sci&key=942420296
場違いなところに間違って迷い込んだ(始めは他の板を覗くつもりだった)サルを相手に、若い物理屋のみんなが寄ってたかって教えてくれる。しかも無償で。
おかげで、長年の素朴な疑問が少しばかり解けた。光の速度を超える速度は無いとか、光速に近づくと長さが縮んだり、時間の進み方が遅くなったりしているように見えるってやつだ。なんでそうなるのか、みんなは分かるか? 俺には分かっちゃったんだな(多分)。
数式いじりもけっこう楽しいってことがわかった。
ビッグバンはまだまだ先だが、なーに、講師役は何人もいるみてえだ。隠れ生徒もかなりいるらしい。
講師の先生たちには、ひとこと礼を言って、せめて一杯おごりたいんだが、そういうのは野暮なのかもしれねえな。
柄にもなくインターネットなんかを始めてみて、恐る恐る掲示板書き込みなどをしてみたが、まさかこんなことで一つ利口になるとは思わなかった。大した時代になったもんだとつくづく思う。
106 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/04(金) 07:32
Aご指摘のように、現在マスメディアの社会的影響力というのは驚くほど大きく、ともすれば
報道機関の一方的な言論による暴力によって、個人が被害者になる恐れはあります。
松本サリン事件報道の被害者の例を挙げるまでもなく、「報道機関の倫理」というのは
曖昧なものです。日本の報道機関は、「公正な報道」「開かれた議論」をことあるごとに
口にします。しかし、自らに対しては、この原則を適用していません。これほどの
ダブルスタンダードが許されてはならないと経験を通しても強く言えます。
提案された「ジャーナリズムを批判するジャーナリズム」も気持ちはわかるのですが、
これでは堂々巡りになり、うまく機能できない可能性があります。
言論の暴力をチェックする個々の良識に期待せざるを得ないのが現状です。
107 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/04(金) 07:33
>101〜102
回答ありがとうございます。
組織が立ち上げたサイトが必ずしも信頼できるものとは限りません。
おっしゃるように、こうした個人の立ち上げたサイトが大組織に対抗しうる発信源に
なる可能性は大いにある思います。情報氾濫時代には、受信者のフィルタリング能力が
重要になってきます。発信者の能力を評価し、低次元の情報は入れないということです。
これをスクリーニングと呼びます。経済を例にとると、為替レートや株価について予測する
エコノミストの話は、信用しなくて構わないということです。一般に知られた情報を用いて、
将来の為替レートや株価について、他の人達よりも優れた予測をすることはできないからです。
(なぜ、できないかについては、別の機会に議論したいと思います)
哲学・物理・工学・情報板については、時間ができたときに見ておきます。
102さんは、フィルタリングを理解しているので大丈夫だと思います。
108 名前:
102です
投稿日: 2000/02/05(土) 02:02
立花先生、ていねいなレスありがとうございます。
私がここの前身の「あめぞう」を知ったのは雑誌に取り上げられたからです。
管理人あめぞうさんの「大本営に頼らない情報発信」というキャッチフレーズにひかれたからです。
当時から内容はおちゃらけ半分、真面目半分でしたが、知る人ぞ知る有名掲示板で、他にはない自由な雰囲気が好きでした。
あめぞうさんが昨年秋に掲示板から撤退してから、こちらに移ったわけです。
ここは往時の「あめぞう」の雰囲気を残しながらも独自の発展を遂げつつあります。
多くの専門掲示板が、非常に濃いプロ同士の情報交換の場になっています。
門外漢だと半分も内容が理解できませんが、現場の生の雰囲気にふれらるので、色々参考になります。
(私も一応モノを書く商売してますので)
今後もいろいろアドバイスお願いします。
109 名前:
ところで
投稿日: 2000/02/06(日) 04:03
立花さん。
パソコンはモバイルタイプですか。
そして、インターネットやるときは携帯電話からですか?
そうすれば自宅からでなくてもできますよね。
そのことにも関わるのですが、
近未来の日本人と情報機器、情報端末との関わり合いがどういうものになるか
考えを聞かせてくれたら幸いです。
110 名前:
タラバガニ
投稿日: 2000/02/06(日) 09:12
1、現在の情報産業における一部企業および公的機関による既得権益への固執は、
日本全体の閉息感へ多大な影響を与えてはいないでしょうか。
1に関しては、まず、放送法による既得権益によって、
テレビによるマスメディアを形成させました。
その結果、企業論理によるコンテンツ優先に陥り、
ジャーナリズムを死滅させました。
自浄作用を無くした業界ですが、制限・保護されているために、
それを指摘するマスメディアはもう出て来ません。
個人として無力感を覚えます。
そして、現在のインターネットにおけるNTTの独占状態には1ユーザーとして不満ばかりがつのります。
地域差を無視できるはずのネットですが、
現在のようにインフラ使用料が高くてはその利点が活かされないばかりでなく、
新たな経済潮流を潰しているのではないかとさえ思うのです。
ネット先進世界一のアメリカでは、ケーブルネットの低料金サービスも極当たり前になっているというのに、
日本では自由競争でないために、安いサービス会社が発生できません。
また、新しいサービスはむしろ東京など都市圏でしか行われません。
それどころか、NTT関連会社のネット参入が日増しに増えていて、何か不公平感を覚えます。
これらは、既得権益を持つ企業や団体に所属できなければ意味がないという無力感を
日本全国に広めていると勝手に思ってます。
111 名前:
タラバガニ2
投稿日: 2000/02/06(日) 09:14
2、現在における既得権益の不動は、田中角栄の失墜から急速に進んだのではないでしょうか。
2についてですが、田中角栄を一方的に支持してる訳ではないのですが、
既得権益の破壊という面や、
裏日本の立場に甘んじるしかない日本海側のインフラを整えようとした面は、
今となっては評価したいと思っています。
日本海側に住んでますと、隣の県に行くにもまず太平洋側に出ないと行けません。
人を住ませようという意欲がインフラに反映されていないのです。
あるのは原発ばかりです。
田中はロッキードで失墜したのを始め何やら陥れられた印象を拭えません。
その一翼を担った立花先生としてはどうお考えですか?
田中を批判されるならその後の政治も批判して頂きたいのですが、
その後はそうした批判を著書にする予定などはございませんか?
今、何となく日本に帰ってきて、
この国の未来の無さしか見えなくて嫌になっているところです。
どうか、私に希望を(;o;)
112 名前:
ヨコヤリ御免
投稿日: 2000/02/06(日) 09:31
僕は20代前半の学生です。
あまり知らなくて恐縮ですが、
田中角栄氏は実はそんなに悪くはなかったのではないでしょうか。
今の政治家より何百倍もよかったのではないかと思うように
最近なりました。
僕はロッキードという田中角栄氏の暗黒面しか知らないのですが、
言論に力のある本物の政治家だったのでは、と思うようになってきてます。
僕も、立花さんが今、田中角栄氏をどう評価しているのか知りたいです。
113 名前:
狂い凧
投稿日: 2000/02/06(日) 15:59
立花先生へ
スキーの日本ジャンプ陣が成績不振に苦しんでいるようです。
ルール改正でスキー板が短くなったかららしいです。
昔の水泳で鈴木大地が金メダル取ってから、何メートルか以上の潜水泳法が禁止になったのを思い出します。
今回のルール改正も、何か不平等というか、不満を感じます。
これは私が日本人で、今まで活躍してた日本人選手が上位に入ることが出来なくなったから
そう感じるだけかもしれませんが・・・。
一体どうすれば本当に平等にスポーツで勝負できると、思いますか?
114 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/06(日) 22:46
>109
デスク型とノート型、2種類ありますが、主にデスク型を使用しています。
わが国の通信インフラはアメリカのそれと比べると脆弱な設備です。
光ファイバー等の高速通信設備が完成してはじめて、インターネットの威力を
発揮します。テレビなどの家電製品にOSが装備されるのも結構ですし、
インターネットによるビジネスが増えるのも結構ですが、なによりもまずはインフラ投資
だと思います。
>110〜112
エスタブリッシュメントによる既得権益の固執は、以前から問題視されていました。
メディアでは、記者クラブと呼ばれるのがそれにあたり、電話線に関しては、
NTTがそれにあたるでしょう。問題解決が遅々として進まない限り、欧米は言うに
およばず、マルチメディアスーパーリコーダーや英語を第2言語に決めたマレーシア、
シンガポールといったアジア諸国に遅れを取る可能性はあります。
それと、田中角栄氏について触れられておりますが、確かに氏は、その後の政治家が
官僚の走狗に成り下がっている状況と比較すると、リーダーシップをはっていたと
記憶しています。しかし、糾弾すべきは、それ以上の裏権力の中枢のありかでした。
時代背景もあり、今ほど、行政についてガラス張りではない。その中で、不透明の
金が国家を動かす状況は危険だと感じ、調査したのです。
評価すべき一面があるという意見が今でも届きます。しかし、時代背景を踏まえた偏り無き
評価をしてもらいたいというのが、率直な意見です。
115 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/06(日) 22:47
>113
あまり詳しくないのですが、ルールが改正されたのですか。
それなりの理由で改正されたのでしょうから、一概に不公平だとは思いませんが。
不公平、不平等というのは、ある特定の選手だけ、別ルールだというときに
使う言葉ではないでしょうか。
柔道やマラソンだけでなく、海外でも通用する選手がたくさん出てきて欲しいと
心から願っています。
116 名前:
タラバガニ
投稿日: 2000/02/07(月) 00:27
稚拙な質問に丁寧なお答えを頂き恐縮しております。
どうもありがとうございました。
個人的にはもう少し日本の社会が流動的になれば良いのに、と思ってます。
公務員も会社員も中途採用でいろいろな種類の人間が関わる方が良いのではないかと思うのですが、
そこで既得権益の問題が・・・・。
ともかくどうにかしたい、ということで田中角栄を引っ張り出してしまいました。
失礼いたしました。
117 名前:
狂い凧
投稿日: 2000/02/07(月) 01:12
>115
レスありがとうございます。
スキー板の長さに関するルール改正ですが、
97‐98シーズンまでは、板の長さの上限は「選手の身長+80cm」でした。
98‐99シーズンから「身長×1.46」になり、
これは身長の高い欧州選手に有利で、日本選手には不利とされ、
146%の数値そのものに明確な根拠がない、と日本は主張しているそうです。
FISワールドカップスキー ジャンプ個人選の、日本人選手の戦績
97‐98シーズン 29戦中13回優勝
98‐99シーズン 31戦中11回優勝
99‐00シーズン 17戦中0回
スポーツニュースでも、日本人選手の苦戦が伝えられてます。
一定ルールの元に試合が行われている、という理由で不公平でないとは言えないと思います。ルール自体に問題がある筈です(日本人選手にとって)。
日本人選手の成績不振がルール改正のせいとは一概にはいえないとも思います。体調が悪いとか、日本人選手が飛ぶ時だけ追い風になるとか、年齢的な限界を迎えている選手がいる割に若い選手に有望な人材がいないとか、まあいろいろな理由が絡んでいまに至っているのでしょう。
しかしこのルール改正が日本人選手の不信に関係がある、一枚噛んでるといえると私は思います。
それは日本人選手は欧州選手に比べ、身長が低いからです(大雑把な言い方ですが)。
このルール改正によって、ジャンプというスポーツが
「身長の高い選手に有利なスポーツである」という性質のスポーツに、
変質してしまったといえると思います。一番の問題はここだと思います。
ジャンプは、舞の海が曙を倒したように「柔よく豪を制す」とは、いかないスポーツであると思うのです。
118 名前:
狂い凧
投稿日: 2000/02/07(月) 01:27
117の誤字「不信→不振」「柔よく豪を制す→剛を制す」
117のつけたし
「一番の問題はここ」というところに付け加えると、
まるで気ままな神様のように、ポンポンとルールを変えることで、
それまで人生をかけてその競技に打ち込んできた選手が突然、今までのように活躍できなくなってしまうのでは、どうにもならないと思います。
そのスポーツの選手を応援している人やそのスポーツのファンの人々の熱烈な思いはどうなるのでしょうか。
まるでそれまでのことが無価値であるかのように思えてしまうかも知れないのではないでしょうか。
スポーツの質を変えてしまうルール改正には大いに問題ありです。
なんか、論旨が変わってしまいましたね。不公平云々でなくなってしまった…。
誤字や繰り返しばっかりの拙文、読んでくれて、ありがとうございます。
119 名前:
ディルバート
投稿日: 2000/02/07(月) 06:12
立花先生、おはようございます。
先生の専門外かとは思いますが、御意見を聞けたらと思います。
私はサラリーマンになってから、マーケティング理論やら経営学関連の
本を読むようになりました。
しかしながら、読んでも読んでも「眉唾」という気がして仕様が
ありません。
これらは学問と呼べるのでしょうか?それともやはり、事件があった後に
「ほら!ほら!やっぱり当たった!」というような似非予言書でしか
ないのでしょうか?
120 名前:
じょん・どぅ
投稿日: 2000/02/07(月) 10:35
ナチスは民主的な手段によって選ばれたとききます。
納得がいかなかったのですが、
今の日本を見ていると変に納得してしまいます。
「ナチスよりはテロがマシ」
どっかで聞いた言葉が引力を持ち始めます。
公約が守られるのならば、選挙も意味があると思いますが
現段階において有効性がわかりません。
自由・民主・自由民主党と野党・与党に別れているが、
結局同じ穴の狢、血縁でつながれた親類同士です。
反自民が優勢になろうが自民が優性であろうが
どっちにしても自分たちが生き残ることが目的。
そんな風にしか見えません。
民主党なんて自自公を批判しているくせに地方議会では相乗りです。
そのくせマスコミは民主党を反自民の旗手のように持ち上げています。
どうか、選挙制度に意義があることを納得させてください。
また、テロリズムを道徳なんて使わずに否定してください。
121 名前:
てるくはのる事件
投稿日: 2000/02/08(火) 02:18
残念な結末に終わりました。
警察の対応の悪さなどいろんなことが言えると思いますが、
てるくはのる青年に話を絞りたいと思います。
彼は中学校までは優等生だったみたいですが、高校で挫折、
現在まで、有名国立大志望で浪人中だったようです。
彼は高校のとき、友人に「人生は何のため?」みたいな深刻な悩みを
打ち明けたりしていたそうです。
彼の犯罪は許されることではありませんが、青年がごく自然に抱く
人生の意義みたいな問いになぜ周囲の大人は応えられなかったのかと思います。
それさえ、クリアされればこんな事件は起きなかったのでは、と思います。
最近、高学歴・高偏差値の青年の異常な犯罪が続いています。
ただ単にエリートコースから外れた人間の腹いせというようなものではなく
もっと深い原因があるように思います。
私個人としては、今後こういう事件は続出するように思います。
いったいなぜこんな理不尽なことが起きるのか、そして再発防止のために
どうすればよいのか、何か考えがありましたらお願いします。
122 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/08(火) 03:26
>117〜118
詳しい説明ありがとうございました。
確かにルールが簡単に変更になれば、調整する選手も大変だと思います。
もしかすると、ジャンプ競技は、ルール確立に向けての過渡期ではないでしょうか。
>119
>マーケティング理論やら経営学関連の
>本を読むようになりました。
>しかしながら、読んでも読んでも「眉唾」という気がして仕様が
>ありません。 これらは学問と呼べるのでしょうか?
具体的に何を指しているのかわかりません。
株価や為替レートを含めた予言的な経済書であると、おっしゃるような評価で結構だと
思います。しかし、大学で学ぶ「経済学」というのは、そのようなものではありません。
現代のように変化が激しい社会では、つねに新しい知識を吸収する必要があります。
そこで、「それなら、大学に行かずに現場で学べばよいではないか」との意見も聞かれます。
しかし、私はそうは考えません。フローとしての個別情報はいつでも学べるけれども、
それを評価するストックとしての知識の体系は、ひとつの学問体系を系統的に学ぶことに
よってしか身につかないからです。経済問題についていえば、経済学の基礎的な考え方が
これに該当します。日本で、「エコノミスト」として知られている人のなかには、
基礎的な経済学の訓練を受けていない人がかなり多い。彼らは、個々の事実については
驚くほどよく知っているにもかかわらず、理論をもっていない。したがって、それらの事実
をどう評価するかを知らず、基本的な事柄について判断を誤るのです。
ですから、ディルバートさんはそうした予言書なるものに惑わされないようにして下さい。
123 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/08(火) 04:01
>120
申し訳ありませんが、文章にやや誇張的な表現が目立ち、質問が不明瞭です。
ただ、ご指摘のように選挙制度に問題が多いことは事実です。
選挙率を高めるための提案が、なかなか可決されないところをみると
作為的なものを感じます。これでは「組織票をもった政党が勝つ選挙」や「政策をもたずとも
知名度やイメージに頼った選挙」から脱却できない。
選挙制度は、民主国家を運営していく上での基盤である。しかし、現状を見ていると
円滑に機能していないというのが、率直な意見です。
124 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/08(火) 22:12
と、ところで本当に立花さんなんですか?
いまだに信じられません。
125 名前:
ディルバート
投稿日: 2000/02/09(水) 01:00
立花先生、こんばんは。
言葉足らずな質問に、親切にお答え頂きありがとうございます。
舞い上がって書き込んだもので、我ながら読み返すと恥ずかしいです。
さて、少し前の先生のレスに、
>経済を例にとると、為替レートや株価について予測する
>エコノミストの話は、信用しなくて構わないということです。
>一般に知られた情報を用いて、 将来の為替レートや株価について、
>他の人達よりも優れた予測をすることはできないからです。
という記述がありましたが、例について宜しければもう少し詳しく説明
して頂けないでしょうか?
(エコノミスト達が)入手している情報が他と全く一緒であれば、
不確定要素が多い将来についての予測的中率はサイコロ振ってるのと
変わらないということでしょうか?(極論ですが。)
一知半解な馬鹿に教えていただければ幸いです。
それでは失礼します。
>124
そんな事はどうでも良いと思うがどうでしょう。名前の真偽よりも
内容が大事です。気持ちはわかりますが。
126 名前:
>122の偽立花
投稿日: 2000/02/09(水) 01:34
フローとしての個別情報はいつでも学べるけれども、
それを評価するストックとしての知識の体系は、ひとつの学問体系を系統的に学ぶことに
よってしか身につかないからです。経済問題についていえば、経済学の基礎的な考え方が
これに該当します。日本で、「エコノミスト」として知られている人のなかには、
基礎的な経済学の訓練を受けていない人がかなり多い。彼らは、個々の事実については
驚くほどよく知っているにもかかわらず、理論をもっていない。したがって、それらの事実
をどう評価するかを知らず、基本的な事柄について判断を誤るのです。
野口悠紀雄「超勉強法」P254からのパクリ
著名人の名前を騙った罪と著作権法違反の罪で通報しとくわ。
127 名前:
>126
投稿日: 2000/02/09(水) 01:50
最後の一行で台無しだな・・・
128 名前:
>127
投稿日: 2000/02/09(水) 01:55
同感。
これは黙殺だな。
129 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/09(水) 04:42
残念 偽物でしたか。
130 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/09(水) 05:51
>121
事件の結末に対しては、非常に深刻に受け止めております。
また、被疑者は受験を控えた浪人生だったと報道しています。
「受験戦争」という言葉が示すように、それに失敗した未成年期の青年の感情は、
他人に計る術がありません。特に進学校と呼ばれる学校関係者には、大学受験だけに価値を
置いた偏った教育を是正してほしいと願っています。
それと、これは私の考えなのですが、幅広い経験や好奇心に欠ける学生諸君がこうした
偏った価値観に陥りやすい傾向があるのではないでしょうか。
131 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/09(水) 05:52
>125
@大方、ディルバートさんのおっしゃる通りなのですが、いい機会なので、少し掘り下げて
説明します。たとえば、経済学を利用して将来の株価が予想できれば、株式市場で莫大な
利益を得られることになります。もちろん、現実の経済は、政治変動などの経済学の範囲外の
要因にも影響をうけるため正確な予測は困難です。ただ、少なくとも一般の人々よりは
良好な投資結果を実現できると考えられても不思議ではありません。
しかし、そうではないのです。経済学をいかに深く学んでも、それによって「市場を出し抜く」
ことは不可能なのです。なぜか?
その理由は、現実の市場価格が、予測しうるすべての条件を反映してしまうことにあります。
たとえばある会社のAという製品が開発されたとします。一年後にAが商品化され、会社の収益が
増加するので、株価も上昇することが予測されます。ところが、こうした予測が成立するなら、
人々は一年後を待たずにその株を購入するはずです。つまり、現在の株価は、将来の株価を
「織り込んでしまう」のです。
132 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/09(水) 05:53
Aところで、一般の投資家は、経済学に必ずしも精通しているわけではないので、一年後の株価を
評価するには、かなり高度な経済分析が必要だから経済学の知識を活用する余地があるのでは
ないかと思われるかもしれません。しかし、株式市場に関する限りそうした可能性は存在しないこと
が実証的に確かめられています。つまり、個々の投資家は、将来の株価を過大評価したり、
過小評価したりしているが、平均してみれば、経済学の知識を用いた場合と同じ予測が形成されているのです。
こうした性質をもつ市場を「効率的市場」と呼びます。エコノミストの予想が意味を持つ唯一の
ケースは、未公開の、したがって現実のレートに反映されていない情報を予測者が有している場合のみなのです。
しかし、仮に予測者がそうした情報をもっているとしたら、公表するはずがありません。
結論を申し上げれば、「経済学を学ぶことによって経済現象を的確に見通せる」ということの
意味は、「市場を出し抜くことの不可能性」を認識することにほかならないと思います。
以上のことから、この原則に反する予測を公言するエコノミストは信用しないほうがいい、と
忠告しました。
133 名前:
若頭
投稿日: 2000/02/09(水) 21:03
>立花さん
>「戦争責任の所在を明確にすることは、重要である」
>「補償問題を切り札にとった悪意あるプロパガンダを見抜く能力を怠るな」
戦争責任の問題に、若者が接する際の注意事項として、立花さんは上記の二つの
ことを言われた。
戦争の「責任」とは何なのか? 「明確」にするとはどういうことを指すのか?
若者がこれらのことを考える契機になるという意味で、立花さんのご指摘は共感
いたします。第二のご指摘もたいへん重要なことやと思います。
ただ、「プロパガンダを見抜く能力」を持っていると自負する「左」「右」両陣営の
夥しい数の言説が、いま、戦争責任問題という「言語空間」に及ぼしている影響の
ことを考えると、ワシは「それだけでは何かが足りない」という感じを正直持ちま
す。現在の戦争責任にまつわる多くの言説は、結局のところ、互いに「君のその主
張は良くない動機でなされている」と言い張っとるんですね。
例えば、ある一人の若者が戦争責任問題に対して、「疑問」や「不当性」を感じた
としても、その率直な感情は「プロパガンダを見抜く能力を持った」専門家によっ
て相対化されます。相対化されることは若者にとってはなくてはならない重要な経
験です。しかし、「プロパガンダを見抜く能力を持った」専門家たちの長い間の、
本当に長い間の、夥しい数の言説の反復に継ぐ反復は、上に書いたように結局は
「君のその主張は良くない動機でなされている」ということに行き着いているのが
現状です。その結果、問題の本質、つまり学的な史実検証やそこからの学習、また
将来の安全保障などについて真面目に取り組もうという姿勢を、若者たちが維持し
にくい状況になってしまっているのではないか、というのがワシの危惧です。
これは戦争責任問題に限らず、差別の問題、天皇制の問題、そして上で少し触れ
られていましたが「記者クラブ」の問題などについても言えると思うのです。
つまり、百万言費やされても結局はその問題の中心には手を触れられず、何も変
わらないといった状況のことです。
134 名前:
若頭
投稿日: 2000/02/09(水) 21:03
ワシはそのことをうまく言えないのですが、「問題の囲い込み」と言いたい気が
します。あらゆる知的相対化の作業が反復されることで、熱心に問題に取り組ん
でいるような印象があるにもかかわらず、結局のところ、問題の核心部分を書き
換えるようなことには決してならない。
専門家たちの熱のこもった議論は、実は問題の周辺を「囲い込む」ことによって、
我々一般の若者や、普通に生活をしている人たちの異議申立てを巧妙に阻む役割
を、図らずも果たしているように思うのです。
実際、「気のきいた」若者は、戦争責任問題なぞに対しては高みの見物を決め込ん
でいるのが現状です。大人でもそうでしょう。彼等は戦争責任問題に関わっても
「くたびれる」だけだということをわかっている。厳重に囲い込まれた問題の本
質に辿りつくことは容易ではないということを、無意識のうちに現在のメディア
から受け取っているのではないでしょうか?
さて、戦争責任問題については既に百家争鳴の感がある現在、若者に対して、
「プロパガンダを見抜く能力を怠るな」というのは、勿論言わなければならない
ことではあっても、それが「君のその主張は良くない動機でなされている」とい
う現在の「物言えば唇寒し」的言語空間と、果たして何処が違うのでしょう。
「それだけでは何かが足りない」と思うのは私の思い違いでしょうか?
戦争責任問題をそのような蛸壺的イメージとしてしまったのは、熱心に議論を重
ねることが商売の専門家たちですが、その中では「左」にも「右」にも牽引され
ることなく「愚直に」史実検証を進める〈秦郁彦〉と、『敗戦後論』を書いて総バ
ッシングを受けた〈加藤典洋〉に、ワシは少しの可能性をみています。
立花さんは例えば〈秦郁彦〉に対してどのような評価をされているでしょう。
立花さんがそれを明確になさるだけでも、「戦争責任問題の閉塞感」を破ること
の一助になると思います。
135 名前:
シンプルにしてはどうでしょうか?
投稿日: 2000/02/09(水) 21:48
>133,134
横から割り込むような形で申し訳ございません。
若頭さんの高度な論旨を私なりに下記のとおり解釈しました。
133,134がわかりにくい人は参考にしてください。
現在の戦争責任問題に関しての議論は物足りない。
「右」「左」がお互いに主観的に意見を述べているだけ。
客観的に過去の事実を追求しようという秦郁彦や加藤典洋が良いのではないだろうか。
立花さんは、秦郁彦などについてどのようにお考えですか?
・・・以上、簡単にまとめるとこんなとこですか?
もし、若頭さんの論旨と違ってたらごめんなさい。
136 名前:
>134 「問題の囲い込み」?
投稿日: 2000/02/09(水) 22:42
>134
135を真似して、134「問題の囲い込み」の解説してみます。
これは、「手段の目的化」のことではないでしょうか?
手段にこだわりすぎると、目的を見失って手段が目的になってしまう。
例えば、「戦争責任問題」において、
目的=「戦争責任に関して、過去の事実を明らかにすること」
手段=「議論」
のはずです。
しかし、細かい議論にこだわり過ぎて、事実を明らかにするという目的を忘れてる。
議論することは、目的達成のための手段でしかないが、
いつのまにか、議論することが目的になってしまっている。
議論は手段にすぎず、大事なのは過去の事実を明らかにすること。
以上のように、手段(=議論)が目的になってしまう。
手段にこだわり過ぎて、問題が矮小化する。
そして、専門家(オタク)の言葉遊びになる。
手段は目的になり、問題は解決されないまま。
137 名前:
若頭
投稿日: 2000/02/10(木) 00:05
>135
長文になってしまったのは申し訳無い。
ワシとしてはシンプルに書き得ないことを、何とかわかりやすく言語化しよう
と努力したつもりです。いたずらに長文にしたわけでは決して無い。
しかし135を見る限り、論旨が伝わっていないようなので、ワシの文章に
欠陥があるのかもしれない。
ワシが133・134で一番いいたかったことは、「問題の囲い込み」というキーワ
ードで表したつもりやった。それは、あんたが言う
>現在の戦争責任問題に関しての議論は物足りない。
>「右」「左」がお互いに主観的に意見を述べているだけ。客観的に過去の事実
>を追求
云々。。。。ということとはちょっと違うことや。
>136
だいたいそんなようなことやけど、少し説明させて。
「囲い込み」という概念は、もともと差別問題に対してある評論家が示したユニ
ークな考えなんや。例えば差別問題に関わる運動家たちの絶対正義主義の胡散臭
さや、彼等が差別問題に無関心の人々を罪悪感脅迫でもって煽りたてるようなや
り方を見ると、ごく普通の人たちはそこに寄り付かなくなって、どんどん囲い込
まれていく。差別問題自体が暗暗裏にタブーになってしまうんや。めんどくさい
から抗議がきたら言うとおりにしとくけど、差別問題そのものについて触れるこ
とはやめとく。そういうことが続くと、問題は解決されないままタブー化し、タ
テマエでは「差別はいけない」と言っても、心の裏では差別感情が高まっていっ
たりするわけや。
ワシはそれを戦争責任問題に当てはめてみたんや。
上手くいっているかどうかは、立花さんのレスが来るまで待ってくれ。
138 名前:
じょん・どぅ
投稿日: 2000/02/10(木) 03:36
人間が戦争をなくすことができるのなら
最初からしないと思う。
139 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/10(木) 04:56
>133〜137
ご意見ありがとうございます。
私の以前の回答は、「戦争責任問題に関して若者はどう接すべきか」という質問に
対したものでした。また、私は現在も、思想において右派でも左派でもありません。
そして若頭さんの意見を読んで、非常に感銘を受けたと同時に、議論の難しさを痛感します。
>「左」にも「右」にも牽引され ることなく「愚直に」史実検証を進める〈秦郁彦〉と、
>『敗戦後論』を書いて総バ ッシングを受けた〈加藤典洋〉
これについて、若頭さんの挙げた二人を存じ上げませんでした。
しかし説明を読む限り、二人は私が挙げた「悪意あるプロパガンタを流す」立場にいないと
判断できます。 この点で、読むべき内容が書かれているのではないかと期待がもてます。
>専門家たちの熱のこもった議論は、実は問題の周辺を「囲い込む」ことによって、
>我々一般の若者や、普通に生活をしている人たちの異議申立てを巧妙に阻む役割
>を、図らずも果たしているように思うのです。
>実際、「気のきいた」若者は、戦争責任問題なぞに対しては高みの見物を決め込ん
>でいるのが現状です。大人でもそうでしょう。彼等は戦争責任問題に関わっても
>「くたびれる」だけだということをわかっている。厳重に囲い込まれた問題の本
>質に辿りつくことは容易ではないということを、無意識のうちに現在のメディア
>から受け取っているのではないでしょうか?
それから、以上のことに私は、異論ありません。若者が、「問題の本質に容易に辿り着けない」
と知ることは、意義のあることだと思います。
140 名前:
思ったこと
投稿日: 2000/02/10(木) 07:39
論理を突き詰めても倫理は生まれない。
そのことを悟るために論理を突き詰めるなら
倫理の追求にとっても論理は有益となる。
人間って因果なもんだね。
あっさりと「隣人愛」みたいなものは生まれないんだね。
141 名前:
匿名
投稿日: 2000/02/10(木) 12:47
立花先生はじめ、皆さんの書き込み非常に勉強になり
興味深く読んでおります。
私も先生に質問をさせて戴きます。
失礼ですが、先生の書き込まれる時間帯から、仕事柄
普通のサラリーマンとは生活のリズム、起きている時間帯が
少し異なるように見受けられます。
徹夜の後、取材などで普通の時間帯まで
起きていなければならない時や、夜型から昼型に起きてる時間帯を
一日で切り替えなければならない時などがあると思われ、
そういう時に眠気を堪える策、睡眠時間の切り替えのコツ
など先生にあるのでしょうか?
私は前職が交代制の仕事だった為、睡眠のリズムが狂ってしまい
再就職先でも難儀しております。医者にも通っていたのですが
完治には至らず、夜勤時の仮眠明け時間に起きる癖が治りません。
もしよろしければコツなど教えてください。
142 名前:
それより、
投稿日: 2000/02/10(木) 18:19
いつまで本物扱いしてあげてるんですか?
143 名前:
野次馬
投稿日: 2000/02/10(木) 21:14
落合信彦とビッグ対談してよ
144 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/10(木) 23:16
偽者でも面白い内容だからこのままなりきってもらうのだ。
続けてね。
145 名前:
いや、
投稿日: 2000/02/11(金) 00:02
ニセモノだとこのスレッドおもしろくないかも。
146 名前:
名無しさん
投稿日: 2000/02/11(金) 00:27
偽者に決まってんだろ、
でも本物か偽者か、なんてどうでも良いんだよ、
このスレッドの価値は変わらないよ
147 名前:
狂い凧
投稿日: 2000/02/11(金) 03:50
立花先生へ
ひょっとしてこの場で
「将来的に情報を得る手段が双方向通信に絞られると予想して(マスコミがつぶれて)、
いかに情報のやりとりをするか・いかにして情報を得るか等を
模索して、その雛型をここにつくろう!」
とか、考えていませんか?
148 名前:
週刊文春で
投稿日: 2000/02/11(金) 11:23
オウム事件たけなわな頃に連載していた、公安の闇がどうとかいう記事ですが、
結局、尻切れとんぼで終わってしまいました。
あれはいったいどう言う事だったのでしょうか。教えて下さい。
149 名前:
それよりもなによりも
投稿日: 2000/02/11(金) 17:48
ホームページ生き返らせて下さい
どうして放って置くのですか?
150 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/11(金) 17:59
>141
参考になるかどうかわかりませんが、私は食事の摂取時間、方法で、コントロールして
います。たとえば、就寝時間が朝の5時であって、次に7時起床の朝型の生活リズムに
切り換える場合、そのまま、パンとコーヒーといった通常の一回目の食事メニュを
摂ります。そして、しばらくはアルコールも控えます。
また、私は集中力が高まってくると、眠気はほとんど気になりません。
あと、遮光対策や防音対策のために、アイマスクや耳栓を使用してはいかがでしょうか。
転職されてどれくらいの期間であるか不明のため、断言はできませんが、
しばらくすると、規則正しい生活はできると思います。
>147
100や107でも触れたように、今後、情報の入手方法というのは、自分で取捨選択して必要が
高まってくると思います。また、私自身は時限的活用しています。
151 名前:
BM担当〜その1
投稿日: 2000/02/12(土) 01:22
立花さん、はじめまして。
ここ20年ほど、立花さんの著作に魅せられている者の一人です。
こういう形でお話できる機会が持てること、光栄の一言に尽きます。
それでは、質問させていただきます。
昨年来、経済誌・経済新聞等で「ビジネスモデル特許」について多くの記事を見かけ
るようになりました。今まさにブームの真っ只中といった感があります。
ビジネスモデル特許とは、広義に解釈すれば、「商売の方法方そのものに与えられる
特許」ということになります。特に米国において、その動きが顕著かつ大胆に見られ
ます。日本の特許庁も「右にならえ」的にビジネスモデルに対する特許容認の方向性
を示し始め、米国ほどではないにしても従来の特許審査基準を実質的に規制緩和的し
て運用しつつあります。
ビジネスモデル特許の新規性・進歩性といった発明性、権利範囲の解釈等、特許発明
として実際の権利行使にまつわる容易な解決は困難であろう実務的問題もさることな
がら、私は何か漠然とした日本の将来に対する不安を感じます。
152 名前:
BM担当〜その2
投稿日: 2000/02/12(土) 01:38
(続き)
そもそもビジネスモデル特許容認の流れは、米国におけるプロパテント政策にインタ
ーネット関連技術の驚異的発達が融合したことが背景にありますが、圧倒的なインタ
ーネット先進国である米国が、がむしゃらにビジネスデル特許プロパガンダを世界的
に押し進めようとしている真の理由は何なのでしょうか?米国のその優れたインター
ネット技術そのものに新規なビジネスモデルを付加し、インターネットを基盤とした
IT革命時代の根幹技術を独占しようとしているのでしょうか。特許法はそもそも属
地主義的性格を帯びているのですが、インターネットには国境といった概念はなく、
特許法の及ぶ範囲が「属地」的に適用されるとは限りません。米国での特許が、結果
的に、世界的に権利行使されないとは現状では言いきることはできません。結局、米
国でのビジネスモデル特許が「はったり」的に世界各国ににらみをきかすことで世界
市場を独占することができるように思えてなりません。かつ米国のビジネスモデル特
許に対する緩和は他国より少なくとも2年は先行していると思われ、米国企業が先行
者利益を享受することは明白です。
米国の「国策」としてのビジネスモデル特許の位置付け、その本当の狙いについて、
そして日本はどのような対抗措置を取ったら良いのか、来るべきインターネット社会
・IT革命時代に立脚しての立花さんのご意見を是非お聞かせください。
153 名前:
102
投稿日: 2000/02/12(土) 02:35
ここ数日、石原都知事の銀行に対する外形標準課税がマスコミ、ネットをにぎわせています。
CHでは石原氏にエールを贈る意見が多いですが、先生はどうお考えでしょうか。
銀行憎しといった、感情論による意見も見受けられますが、大衆にそのような感情を醸成したのは銀行の責任であると思います。
テレビのニュース番組で都知事と筑紫さんがこの件で対談していましたが、筑紫さんはやや冷ややかな見方でした。
私も銀行の身勝手な行動で被害をこうむっているので、知事の気持ちはよく分かるのですが、ちょっと場当たり的かなとも思います。
銀行に社会的責任を果たさせるには、他に方法がないのかも知れませんが。
154 名前:
大学1年生
投稿日: 2000/02/12(土) 15:24
age
155 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/12(土) 18:15
>151〜152
非常に重要な質問をいただきました。最近の株式市場を例にとっても、情報ハイテク関連の
銘柄は、急騰しています。これは、必ずしもIT関連企業がすべて高収益を得ていることを
示しているのではありません。米国の株価急騰が、「バブルだ」と指摘されるのは、このため
です。つまり、将来の期待に対する評価なのです。もちろん、株価にはこういった側面が
あるため、一概に非難されるものではありません。
そして、ネット・ビジネスで、日本で成長しつつあるものは、基本的には米国産であり、米国で
成功を収めたものの模倣です。これが、「ビジネスモデル特許」というような広範囲の権利を
認めてしまうことになると、日本経済の発展を阻害する可能性がでてきます。
インターネットにおける知的財産権を認めてしまうのか、社会共通財産にすべきか。
両者のバランスをどのうようにとるかは、難しい問題であります。
私の考えは、それぞれの事実に即して、「ビジネスモデル特許」は認める方向に肯定的です。
なぜなら、日本人の一人一人の個人のレベルでは、創造力において決して欧米人に劣るとは
思えないからです。それでは、なぜ「日本経済の発展を阻害する可能性」を示唆したか。
それは、日本の組織の実態です。組織内で新しいことを始めようとすると、「それは欧米では
どうなっているか?」という問いが返ってきます。つまり、欧米で成功していれば着手するが、
日本独自のものであればほとんど却下されてしまうからです。大企業の中では、そのような
傾向が強く、こうした経緯で新しいアイディアが捨てられてしまうことは少なくなかった。
だから、そうした能力を組織的に活用してゆくために、外部からの圧力で組織原理を変えて
しまうことは、決してマイナスにはならないのです。IT時代に日本が世界の主要国として
とどまれるか否かは、このような組織原理を変えられるかどうかにかかっていると思います。
156 名前:
立花隆
投稿日: 2000/02/12(土) 18:18
(続き)
つまり、欧米で成功していれば着手するが、
日本独自のものであればほとんど却下されてしまうからです。大企業の中では、そのような
傾向が強く、こうした経緯で新しいアイディアが捨てられてしまうことは少なくなかった。
だから、そうした能力を組織的に活用してゆくために、外部からの圧力で組織原理を変えて
しまうことは、決してマイナスにはならないのです。IT時代に日本が世界の主要国として
とどまれるか否かは、このような組織原理を変えられるかどうかにかかっていると思います。
157 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/12(土) 21:34
ビジネスモデル特許について横レスさせて下さい。
特許あるいは知的財産権は、基本的に、過小な保護であれば模倣者としてのフリーライダーを許し、過大な保護であれば法的保護の上にあぐらを欠く独占者・寡占者を生み出すことになります。仮にフリーライダーを市場の失敗と捉えて言い換えれば、市場の失敗から自由競争の阻害へとなっていくわけで、その切り替わり地点に均衡点があるわけです。
この均衡点は保護範囲や保護期間によって調節ができるのですが、現実にはこの調節はうまく機能していません。というのは、先進国が比較的優位を保つシステムとして知的財産権を活用しようとしているからです。米国のビジネス特許というのは、その象徴と言えると思います。
発展途上国の主導により国際機関で規制がなされない限り、こういった endowment の先進国による取り込み競争はますます激しくなって行くでしょうけど、これは僕にはとても健全な姿とは思えません。
158 名前:
MSK
投稿日: 2000/02/12(土) 21:37
誤字でした。失礼。
「あぐらを欠く」 → 「あぐらをかく」
159 名前:
test
投稿日: 2000/02/13(日) 22:58
test
160 名前:
test
投稿日: 2000/02/14(月) 20:25
test
161 名前:
復活
投稿日: 2000/02/14(月) 20:27
立花先生、戻ってきてください。
162 名前:
BM担当
投稿日: 2000/02/14(月) 23:21
立花さん、ご回答ありがとうございました。
なるほど、ビジネスモデル特許をきっかけとして、独創的なアイデアを無視せずに、むしろ積極的に見出して育むことができるように従来の企業組織の意識を変化させていくことが肝要ですね。少しづつではありますがそうした動きを見出すことができます。ここ数ヶ月で参加したいくつかのビジネスモデル特許関連ののセミナーでは、「アメリカはビジネス特許に積極的だ。日本も乗り遅れないよう追随しなければならない」といった(少々単純ではありますが)危機感・焦燥感をあおる意見が大勢を占めています。同時に、結果的に「これまでの特許戦略を組織横断的に全面的に考え直す必要がある」という共通の認識が徐々に形成されつつあることは確かのようです。発展的に、独創性を生かす組織